日本の外から、あの戦争を見つめ直す

佐藤由美子インタビュー

『戦争の歌がきこえる』(柏書房)刊行を機に

 終戦から七十五年――。アメリカのホスピスで約十年間、認定音楽療法士として活動した佐藤由美子氏が『戦争の歌がきこえる』(柏書房)を上梓した。第二次世界大戦を経験したアメリカ人は、人生の最期を迎えるにあたって、日本人である佐藤さんに何を語ったのか。アメリカ側の視点から見えてきた「もうひとつの戦争」の記憶とは。著者である佐藤さんにお話を伺った。(編集部)



「僕は日本兵を殺した」

 ――最初に、執筆のきっかけをお願いします。

 佐藤 第二次世界大戦を体験したアメリカ人の最期に関わることは、日本人としては貴重で、あまりない経験だと思います。私は現在、アメリカに住んでいますが、生まれ育ちは日本です。この本に登場する彼らと出会うまでは、日本で語られてきた、日本人の第二次世界大戦の知識しか持っていませんでした。同様に、アメリカにはアメリカ人の語る大戦の知識、話があるのだろう。勝利国側からすると、あの大戦を「正しい戦争だった」と思っているのではないか。そんなイメージを抱いていました。ですが、実際にアメリカで出会った戦争体験者が語った話は、そのどちらとも全く違っていた。ものすごく驚いたと同時に、この経験は伝えていくべきだ、と思ったんですね。
 もう一つの理由は、今の世界の状況に危機感を抱いているからです。この本に収録されている話のいくつかは、WEBで連載していたものです。連載の準備を始めたのは、二年ほど前ですが、その頃からトランプ大統領の言動や、日本での歴史修正主義をはじめ、世界中で不穏な空気が漂いはじめていた。そんな状況を見ていると、今こそこの話を伝えるべきだ、と強く感じました。

 ――第一部第一章に登場するロンさんは、佐藤さんが最初に出会った戦争経験者です。彼が「僕は日本兵を殺した」と泣いている姿を見て、佐藤さんは第二次世界大戦の退役軍人を英雄視するアメリカ社会に、疑問を感じています。

 佐藤 アメリカの退役軍人がテレビなどで、戦争について「I’ll do it again(もう一度やる)」と言っているのを、実際に耳にしたことがあります。日本語に直訳すると「もう一度やる」となってしまいますが、実際には、そこまで攻撃的な響きはありません。そもそも、アメリカ人と日本人にとっての"Fight"(戦う・闘う)には、大きな違いがある。日本では武力による戦いだけでなく、何かに対して立ち上がったり、声をあげたりする非暴力の「闘い」も、敬遠されます。アメリカ人にとっての"Fight"は、時に必要不可欠な考えです。アメリカの歴史は、さまざまな権利のために"Fight"した人たちの視点から見ることができる。彼らのアイデンティティと、深くつながっているんですね。ただ、人生の最期の場面で、この言葉を遺した人に、少なくとも私は出会ったことがありません。
 アメリカでは、第二次世界大戦を経験した世代は「正しい戦争を戦った」と、神話化されがちです。彼らはThe Greatest Generation――「最も偉大な世代」と呼ばれています。世界大恐慌で貧しい思いをし、その後は戦争を乗り越え、今のアメリカをつくったと尊敬されています。だから、その神話(=集合的記憶)を壊すような証言は、メディアではあまり取り上げられてこなかった。日本も同じですよね。日本軍の加害の話が、メディアで大々的に取り上げられているのは、ほとんど見たことがありません。逆に、多くの人の集合的記憶に当てはまる話は、取り上げやすい。それが神話化につながる、ひとつの要因だと思います。<つづく>

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★さとう・ゆみこ=ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする米国認定音楽療法士。現在、米国に在住し執筆活動などを行う。著書に『ラスト・ソング 人生の最期に聴く音楽』『死に逝く人は何を想うのか 遺される家族にできること』など。