緩やかな関係性の構築

星野智幸インタビュー

『だまされ屋さん』(中央公論新社)刊行を機に

 作家・星野智幸さん初の新聞連載小説『だまされ屋さん』が、中央公論新社より上梓された。二〇一九年六月~二〇二〇年五月にわたり『読売新聞』夕刊に連載されていた本作は、家族のあり方や人との繫がりを改めて問い直す。
 夫に先立たれ、ひとり暮らしをしている夏川秋代のもとに突然現れた謎の人物・中村未彩人。娘の婚約者を名乗る彼の訪問により、夏川家の絡まった感情の結び目に変化が訪れる――。(編集部)
≪週刊読書人2020年12月4日号掲載≫


『だまされ屋さん』
著 者:星野智幸
出版社:中央公論新社
ISBN13:978-4-12-005348-1



先取りの自粛生活/一番小さな単位〈家族〉

 ――『だまされ屋さん』は、星野さん初の新聞連載小説です。意識した点、大変だったことなどはありましたか。

 星野 何よりも気を付けていたのは、連載期間中の健康管理です。体調を崩すと、連載を途中で休むことになってしまう。病気にならないよう、外出は最低限にしていました。だから連載原稿を書き始めた昨年一月から、僕は先取りで自粛生活を送っていたことになります(笑)。

 物語の終わりが見えないまま、連載がスタートしたことも不安でした。開始前にある程度書き溜めていましたが、半分も書かないうちに掲載が始まってしまった。新聞連載は、一度書いた内容を後から修正できません。物語の結末がどうなるのか分からず、修正もできない状態で書いたのは初めてでした。

 ――物語の軸となるのは母の秋代、長男の優志と次男の春好、長女の巴で構成される〈夏川家〉です。優志は在日韓国人である梨花と事実婚をしていますが、梨花は優志との関係に違和感を覚えている。春好との間に二人の幼い子供がいる月美は、借金問題を二度起こし育児に積極的でない春好に愛想が尽きかけています。渡米先でヒスパニック系アメリカ人との間に娘・紗良を生んだ巴は彼の暴力が原因で別れ、現在日本で紗良と二人暮らし中です。そして秋代は、子どもたちとほとんど絶縁状態となっている。夏川家を中心に少しずつ崩壊している家族をテーマにした理由を、執筆のきっかけとあわせてお聞かせください。

 星野 夏川家ほどではないかもしれませんが、どの家庭にも感情のわだかまりは普通にあるのではないでしょうか。どうして分かってくれないんだ、許せない……。そんな家族同士のすれ違いは、ぼくの年齢になると友人同士の会話でも頻繁に話題になります。外から見るとものすごく小さく見える問題が、当人たちにとっては相手の存在さえ受け付けなくなってしまうほど重大だったりする。何の問題もなく上手くいっている家族は少数だと感じています。
 社会において〈家族〉は、一番小さな単位です。何かしら問題を抱えている家族が多い状態は、社会全体にも影響を与えているはずです。社会問題を生み出すネガティブな感情の発端は、実は家族同士のすれ違いが原因かもしれません。最も距離が近い関係の家族だからこそ、一度仲が拗れてしまうと理屈では解決できなくなってしまう。固くなった感情の結び目をどうしたら解けるのか、もう少し楽な関係に変えられないか。解決策を必死に考えたのが、この作品です。

 ――夏川家には、互いをあだ名で呼び合う習慣があります。優志はヤッシ、春好はハリーと呼ばれ、国籍上普通かもしれませんが優志は梨花をイファと呼び、春好は月美をツッキミーと呼んでいます。

 星野 「あだ名で呼ぶ=親愛の表現」という文化が夏川家にはあります。あだ名で呼び合う家族を「変だ」と感じるのか、「別に普通だ」と感じるのか。読む人の価値観や生きてきた文化によって変わる感覚だと思うので、どういう風に受け止めてもらってもかまいません。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます

★ほしの・ともゆき=作家。著書に『最後の吐息』『ロンリー・ハーツ・キラー』『俺俺』『夜は終わらない』『呪文』『焔』など。一九六五年生。