死を受け止め、先へ進むために

生きている人へ活かす「臨床法医学」

佐藤喜宣インタビュー

 TVドラマ『監察医 朝顔』の原作漫画監修者であり、警視庁にも協力している法医学者・佐藤喜宣さんが初の著書『生きるための法医学 私へ届いた死者からの聲』(実業之日本社)を上梓した。阪神・淡路大震災や東日本大震災の検死にも臨場し、今まで一万体以上の検案、五千体以上の法医解剖を担当している佐藤さんは「法医学は古くて新しい学問」と語る。

「現代科学に合わせ技術は進化していますが、人の尊厳を守り真実を探求する基本の姿勢は全く変わっていません。この人はなぜ亡くなったのか、死の真相を探るのが法医学者です。中でも私が標榜している臨床法医学は、生きている人の役に立つ学問を目指しています。亡くなられた人のメッセージを受け取り、ご遺族や世の中にお伝えする。それができるのが法医学者であり、臨床法医学です。実体験に基づきながら、一般の人にも分かりやすいよう書いたのがこの本です」。

 現在、全世界でコロナウイルスが猛威を振るい、医療崩壊の危機も指摘されている。この現状を踏まえ、治療や搬送の優先順位を決める「トリアージ」についても本書では述べられている。

「トリアージは、限られた医療資源を有効に活用する特別な行為です。飛行機事故や自然災害等で、同時に多くの方が巻き込まれるといった大量災害死が発生するような特殊な環境においては、限られた医療資源で助けられる人が優先されます。コロナに関しては、イタリアやドイツが治療の年齢制限を設け始めましたよね。

 命の選別である以上、きちんとした説明や対応は必要不可欠です。トリアージが行われた現場で助かる見込みがないと医師が判断した「患者」には黒タグがつけられ、治療の対象外となる。その際何の説明もなければ、家族としては地団太を踏みたくなります。身体はまだあたたかいのに治療してもらえない。隣の人は医師が付いているのに、どうして。とてつもない苦しみです。そうならないよう防災マニュアルには、助かる見込みのある人と黒タグをつけた人の導線を別にする。さらに黒タグをつけられた患者の親族が来た際に説明ができるよう、法医学者とメディカル・ソーシャルワーカーを配置する配慮が必要です。遺族の悲しみや苦しみに寄り添って説明しなければ、不十分な対応となりますからね」。

 また、エンバーミング研究の第一人者である佐藤さんは来年のオリンピック開催を見据え、それに合わせた「最期のおもてなし」が必要であるとも提言する。

「外国の方が日本で亡くなったからといって、勝手に火葬するわけにはいきません。本国へきちんとお返しするためにも、世界で認められているエンバーミング技術は必須です。エンバーミングを施せば腐敗防止だけでなく、エボラ出血熱やコロナ等のウイルスの活性化を抑え十分安全なご遺体にできる。さらに生前の姿に近づける修復も可能です。顔を見て、できれば触れて、初めて私たちは大切な人の死を理解できる。遺族が納得してお別れを告げる機会を奪ってはいけません。そこまで考えてこその〈おもてなし〉だと思います」。

 法医学者として数多くの死、ご遺族と向き合ってきた佐藤さんは、本書のタイトルでもある「生きるための法医学」を次のようにまとめる。

「大切な人との死別は、簡単に受け止められるものではありません。きちんと悲しまなければ、人は立ち上がれない。心の底から悲しむ行為は、多くの人ができていそうでできていないんですね。真実を知り前向きに悲しむことで回復までの期間が短くなることは、科学的に悲嘆を分析した結果からも証明されている。いわゆるグリーフケアです。悲しむためには、なぜその人が亡くなったのか事実を知る必要がある。嘘でごまかされると、「もしかしたら……」と心のどこかで考えてしまい先に進めない。立ち上がれずに待ち続けるのか、その人の死を認識してもう一度自分の人生を歩みだすのか。決めるのは本人ですが、少なくとも選択肢はあるべきです。今後の人生を生きていくうえでは、後者がいいのではないでしょうか」。
≪週刊読書人2020年12月11日号掲載≫


★さとう・よしのぶ=杏林大学医学部名誉教授・日本歯科大学、広島大学医学部客員教授。子ども虐待、DVの防止にも取り組み、東京都と千葉県の児童相談所セカンドオピニオンも務める。一九四九年生。

『生きるための法医学 私へ届いた死者からの聲』
著 者:佐藤喜宣
出版社:実業之日本社
ISBN13:978-4-408-33951-1