子どもの声を聴き、生きる力を守る

鼎談=村上靖彦・白波瀬達也・荘保共子

村上靖彦著『子どもたちがつくる町 大阪・西成の子育て支援』(世界思想社)刊行

 大阪大学教授で哲学、現象学を専門とする村上靖彦氏が、『子どもたちがつくる町 大阪・西成の子育て支援』(世界思想社)を上梓した。本書は、大阪市西成区北部で子ども支援、子育て支援に携わっている方々へのインタビューの分析をもとに、この地域で積み重ねられている支援のかたち、一人ひとりの子どもの気持ちをていねいに受けとめながら生まれる居場所やコミュニティのあり方を描き出している。本書の刊行を機に、著者の村上氏、『貧困と地域』の著者で関西学院大学准教授の白波瀬達也氏、この地域で長年支援活動を続けている、認定NPO法人・地域包摂こども支援センター「こどもの里」理事長の荘保共子氏にお話を伺った。(編集部)
≪週刊読書人2021年5月28日号掲載≫


この本の新しい視点/西成北部の福祉の伝統


 村上 あとがきに書きましたが、私が大阪市西成区を訪れるきっかけを与えてくださったのが、看護師の伊藤悠子さんです。子どもを虐待に追い込まれた親の回復のためのプログラムであるМY TREEを実践されている方で、参与観察に誘っていただきました。その経緯は『母親の孤独から回復する』という本にまとめました。

 本書で描きたかったのは、西成区北部の釜ヶ崎(あいりん地区)、鶴見橋地区、長橋地区で子ども支援、子育て支援を続けている方々の語りを聴きながら、子どもの声を聴くことから出発して町をつくるとはどういうことか、この地域にはどんなかたちのコミュニティができているのかということです。悠子さんも、この本でインタビューさせていただいた「こどもの里」の代表、荘保共子さんも、この地域の支援者で知らない人はいないし、関わったことのない人はいないと思います。

 二〇一七年からはこの地域でより広く調査するようになり、多くの支援者や教員の方々と出会って、お話を伺ってきました。近年は西成区のいろいろな会議に出席するようになり、白波瀬先生ともお会いしてきました。

 荘保 釜ヶ崎は日雇い労働者の町として知られていますが、子どもたちの町でもあり、戦前から福祉の伝統があります。一九三三年には「聖心セッツルメント」が開設され、子どもたちへの給食、診療事業、子供会、保育事業、孤児養育事業が開始され、貧困児童に就学機会を確保するための「徳風尋常小学校」も一九四五年の空襲により焼失するまでありました。戦後には、釜ヶ崎第一次暴動を受け、一九六二年に不就学児のための「あいりん学園」が、次いで子供会、学童保育やミニ児童館ができていきます。日本で唯一あいりん学園にしかいなかったスクールソーシャルワーカーは、町を歩いて回って、行き場のない子どもを見つけては声をかけ、就学や福祉に繫げていました。

 現在、こどもの里は1階が子どもたちの遊び場、2階が図書室やキッチン、モンテッソーリの部屋、緊急一時保護の部屋、3階が子どもたちが生活するファミリーホームです。子どものニーズに合わせて少しずつ形を膨らませていきました。近くには男の子のための「自立援助ホーム」、若い女性のための「ステップハウスとも」もあります。釜ヶ崎の子どもたちの居場所として、一九七七年に発足しました。

 白波瀬 私が西成の釜ヶ崎に関わるようになったのは二〇〇三年からです。当時は大学院生で、ホームレス支援を行っているキリスト教系の団体や社会運動団体を調べていました。それと並行して、二〇〇七年から六年間、釜ヶ崎の地域福祉施設である西成市民館で、ソーシャルワーカーとして働いていました。当時から荘保さんにとてもお世話になってきました。

 こどもの日に『子どもたちがつくる町』を読み終えて、とても感慨深いですし、素晴らしい本だと思います。支援者の方々の言葉をものすごく丁寧に拾っていて、聞いた内容の解釈が深いことが印象的です。通常、取材する人よりも取材される人の方が、自らの実践の意義をよく知っています。ですがこの本では、取材される人が言いたいこと、言おうとしていることが巧みに言語化されていて、取材を受けた支援者も読者も気づくことが多いのではないかと思います。

 いままで釜ヶ崎や支援についての、社会福祉系の本や経済学の本、ノンフィクションの本を読んできました。もちろん優れた書籍も多いですが、村上先生の本は、それとは質の違う、新しい視点を示していると思います。

 村上 丁寧に読んでいただき、どうもありがとうございます。

 荘保 「西成だからできるんでしょ」とよく言われますが、そんなことはありません。どの地域でも子どもの声を聴いて、そのニーズをかたちに変えていけばいいだけのことです。こどもの里は誰が来てもいい居場所ですが、そういう子どもが安心できる場所が必要です。日本中がそうであったらいいと思います。この本は、私たちの関りの在り方が決して特異なものではなく、どこでも誰にでもできることだと読者に伝えて下さったのだと思っています。

 村上 東京や他の地域のソーシャルワーカーの人たちに、この本がどう読まれるのか、気になります。荘保さんのおっしゃるように、西成の子育て支援について話をすると、自分の地域ではできないと言われることが多い。ですが、西成北部の個別的な子ども・子育て支援は、誰一人として取り残されない社会をつくるという普遍的な理念に通じています。この本ではこのことも描こうとしました。感想をくださった他地域のソーシャルワーカーの方は「私たちにもできそうなアイディアがある」と送ってくださりました。アイディア・モデルとして使えるような支援の形を提示できていたらと思います。

 荘保 西成北部は国道26号線を挟んで、西に同和地区、東に釜ヶ崎が位置し、どちらも差別されている地域なのに、互いに差別し合った長い歴史があります。まるで26号線が「橋のない川」のようでした。でも、福祉や教育上、最も困難な状況に置かされているそれぞれの子どもたちの生活を前に、一九九五年に釜ヶ崎では「あいりん子ども連絡会」、一九九六年に同和地区では「7校区学校ケース会議」というネットワークが発足しました。それは、一九九四年に日本が国連の「子ども権利条約」を批准したことが大きな要因です。子どもたちの生活を、少しでも「子どもの権利条約」に近づけたいとの思いからでした。子どもを見る、子どもの生活を見る、子どもの命を守る、子どもの最善の利益を考える。大切なことはどこでも同じです。川に橋を掛けたのは、子どもだったんです。

 そして、二〇〇〇年に児童虐待防止法が施行され、虐待防止は子育て支援からと民間で「いつでもどこでもみんなで子育て・わが町にしなり子育てネット」が発足。子育てサークルや保育所・園、支援の施設、行政やボランティアなど西成区中の70以上の団体で構成されています。これが、もう一つの西成区南北差別問題の垣根を取っ払うことになりました。現在は、隣の区にもネットワークが拡がろうとしています。

 もう一つ西成区の大きな特徴があります。それは、西成区児童虐待防止・子育て支援連絡会議(要保護児童対策地域協議会)が、6つの全中学校ごとに開催されていることです。顔の見える小地域ネットワークだから、困難の早期発見・早期対応ができ、連携を強め支援体制が強化できるという考えです。この官の要対協と民のわが町にしなり子育てネットが、西成区では車の両輪のようにお互い助け合い支え合い、いたわり合いのネットワークになっています。<つづく>

本編のつづきは以下で読めます


★むらかみ・やすひこ=大阪大学人間科学部・人間科学研究科教授。基礎精神病理学・精神分析学博士(パリ第七大学)。専門は哲学、現象学的な質的研究。著書に『自閉症の現象学』『傷と再生の現象学』など。一九七〇年生まれ。
★しらはせ・たつや=関西学院大学人間福祉学部・人間福祉研究科准教授。専門は福祉社会学、宗教社会学、質的調査法。博士(社会学)。専門社会調査士、社会福祉士。著書に『宗教の社会貢献を問い直す』など。一九七九年生まれ。
★しょうほ・ともこ=認定NPO法人・地域包摂こども支援センター「こどもの里」理事長。兵庫県宝塚市で育つ。聖心女子大学卒業後、教会の青年活動で釜ヶ崎の子どもたちと出会う。以来四〇年以上、地域の子どもたちのための活動を続ける。