サン=テグジュペリのラストフライト
作家で飛行士だった彼の生涯

インタビュー=佐藤賢一

『王妃の離婚』で直木賞、『ナポレオン』で司馬遼太郎賞を受賞した佐藤賢一さんが、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの半生を描いた『最終飛行』を、文藝春秋より上梓した。『夜間飛行』『星の王子さま』などの著者で、飛行士でもあったサン=テグジュペリについて「二〇世紀を描くにあたり、ぜひ書いてみたい存在だった」と佐藤さんは語る。

「今までの作品は、中世や古代、一八世紀から一九世紀を舞台にしてきました。二〇世紀も書きたいと思っていましたが、現代に直結する時代であるがゆえに、距離を取りにくいと感じていたんです。しかし、もうすぐ戦後八〇年を迎えます。そろそろ、第二次世界大戦を時代背景とした作品を書いてもいいのではないか。そう判断し、ノンフィクションの『ドゥ・ゴール』や、今作『最終飛行』を書きました。

 執筆のきっかけは、サン=テグジュペリが記録を残していない、最後の飛行について書いてみたいという思い付きでした。彼はいろんな飛行機に乗って、さまざまなフライトを経験しています。けれど、その中で最もドラマチックだったはずの最後の飛行は、彼が戦争で亡くなったことによって書かれていない。残せなかったその部分を僕が書きたいと思い、サン=テグジュペリの生涯のうち後半からラスト・フライトまでに焦点を当てました」。

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『星の王子さま』に登場するバラの花は、サン=テグジュペリの妻コンスエロがモデルの一人だといわれている。物語の中で王子はわがままなバラに献身的だが、実際のサン=テグジュペリ夫妻の関係は、互いに愛人がいたり夜遊びが激しかったりと、非常に複雑だったようだ。

「王子の一途な態度を見ていると、作者も純粋に女性を愛した人だろうと考えますよね。僕もそう思っていたので、サン=テグジュペリの恋愛遍歴には驚かされました。調べれば調べるほど、彼の人生には次々と女性が登場します(笑)。コンスエロと結婚した後も、彼女と別居していたときも、アメリカに亡命したときも、彼には複数の愛人がいた。妻や友人に別れを告げ、フランス領アフリカの空軍に復帰したときでさえ、文通をしていた女性がいたようです。二〇〇〇年代になって、サン=テグジュペリが彼女に宛てたイラスト付きの手紙が公開されました。最近になっても、そんな資料が見つかってしまう恋愛体質を抜きにしては、サン=テグジュペリを書いたことになりません。なので、彼を取り巻く女性や、コンスエロとの愛憎混じった関係は本作にも記しています」。

『最終飛行』の中で、サン=テグジュペリは繰り返し「人間は行動で判断されるべきだ」と言う。実際に人に会いに行ったり手紙を送ったりと、行動している場面も多いことについて、佐藤さんは以下のように述べる。

「ナチス・ドイツが侵攻してきた際、フランスは一度降伏しました。戦争の被害をこれ以上拡大しないために負けを受け入れたヴィシー政府を、サン=テグジュペリも最初は支持します。ですが、いざ始まったヴィシー政府は、ユダヤ人差別に同意するほどナチス・ドイツの言いなりだった。結果的にヴィシー派にも、戦争を続けたいドゥ・ゴール派にもつかなかった彼は、亡命先のアメリカで両派から攻撃されます。

 サン=テグジュペリが本当に言葉を伝えたかったのは、祖国で苦しんでいる一般のフランス市民でした。けれど彼の言葉が伝わるのは、同じくアメリカに亡命できた特権的なフランス人たちだけだった。何を言っても無駄だと感じたサン=テグジュペリは、「行動が伴わないなら、どんな言葉も意味をなさない」と考えます。亡命しているフランス人たちのように口先だけではなく、自分は戦うための行動をしている。言葉に意味がないのではなく、言葉に意味を持たせるために、行動しなければならないと彼は真剣に思っていたのでしょう」。

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サン=テグジュペリの乗っていた飛行機は、地中海沿岸で墜落したと言われている。二〇〇〇年には、海中から発見された墜落機の破片が、彼の搭乗機の一部であると確認された。

「彼が海に落ちたことは史実として分かっているので、本書のラストシーンは決まっていました。しかし、そこに至るまでの状況を、断片的な情報や証言から自分なりに組み立てていくのは苦労しました。サン=テグジュペリが戻ってこなかった飛行は、本当は彼の担当ではありませんでした。彼には前日付けで、異動の辞令が出ていたんです。にもかかわらず、なぜか辞令が無視され、サン=テグジュペリが飛んでしまった。

 その後についても、疑問は残ります。ドイツ側の複数の飛行士が、サン=テグジュペリの機体と交戦したと証言しています。けれど、彼が乗っていたライトニングは武器が積まれていない偵察機で、敵機を攻撃することはできなかった。それなのに、なぜそんな証言が出てくるのか。僕の予想ですが、特殊な事情があって、仕方なく低空飛行していた。その過程でドイツ機と遭遇し、攻撃を仕掛けてきたと捉えられたのではないか。これならば、高空飛行が得意なライトニングが、最後はマルセイユの沿岸に近い場所で海に墜落したことにも説明がつきます。証言や情報をいろいろ踏まえたうえで、自分なりにラストを考えました」。

最後に『星の王子さま』とサン=テグジュペリの関係について、佐藤さんは次のように語り、話を締めくくった。

「サン=テグジュペリは、自らの人生の結末をどこか予感していた。『星の王子さま』のラストシーンを思い浮かべる度に、そう考えてしまいます。王子が星に羊を連れて帰りたいのは、バオバブの木を芽のうちに食べてもらいたいからです。現実に合わせて考えた時、王子の星やバラはフランスを、星に根を張るバオバブはナチス・ドイツを象徴しています。ナチスによってフランスが壊される前に、羊――武器や、ライトニングを含む飛行機――を持って帰らなければならない。けれど、犠牲を払うことなく、無事にフランスへ帰ることはできない。そのように予想していた気がしてなりません。

『星の王子さま』はいろいろな読み方ができるので、自分が読みたいように読んでほしいと思います。けれど、その作者はそんなに単純ではなく、一筋縄ではいかない複雑な背景を背負った人だった。サン=テグジュペリ本人にも興味を持って、『最終飛行』を読んでもらえると嬉しいです」。(おわり)
≪週刊読書人2021年6月18日号掲載≫


★さとう・けんいち=作家。著書に『ジャガーになった男』『王妃の離婚』『小説フランス革命』『ナポレオン』など。一九六八年生。