文学という流れ
――書くことによって死ぬ=生きるということ、評批の男性性――

文芸〈回顧〉 川口好美

 本紙文芸時評を担当したこの一年間に手あたり次第に読んだ膨大な数の文学作品について、わざわざ再説したいとも、ましてや順位をつけたいとも思わない。自分に言えるかぎりのことはその都度言ってきた。そうして〝五大文芸誌〟が形成する〝文芸シーン〟(?)についての知見は深まらずあいかわらず素人以前である。なので回顧といっても、かつて作品と結んだ関係を現在から想起し、いまでも自分のなかで熾火のように確実な熱を保っている事柄を見分け、あらためて手をかざしてみるという程度のことしかできない。

〝小説〟とはそもそも何であるのかはっきりしない不安状態で時評に手を染めたわたしにとって、松波太郎氏の「カルチャーセンター」(『早稲田文学』冬号)を読めたことはうれしく、励まされた。正直わたしは、作者の死や不在を工夫をこらして告知するタイプの作品を心の底から愉しめたためしがない。いわくありげな書き手の表情がちらちらして死や不在の感触がかえって稀薄な場合が多いことが理由かもしれない。すべて紹介できないのでぜひ原文を読んでほしいが(『ことばと vol.4』の氏へのインタビュー記事もできれば併読してほしい)、「カルチャーセンター」ではほんとうに作者は死んで〝小説〟というオブセッションだけが残り、そしてそれがさらに松波太郎という人間を、時間をかけてゆっくりと死に至らしめようとしている。だがそれこそが生きるということではないか。少なくとも作家として、書くことによって死ぬ=生きるということではないか。当たり前だが、人とくらべてなにかをより多くより正確により上手く語れるということと〝小説〟を書くことは一切無関係である。それは批評を含むすべての文学と無関係である。

 迂闊なわたしは、主として女性の生存を主題とする、主として女性によって書かれるテクスト群が作り出す大きなうねり――いわゆるフェミニズム文学の潮流についてまったくの無知だったが(『文藝』フェミニズム特集のことも、『早稲田文学』女性号のこともつい最近知ったくらいだ)、結婚や妊娠にかかわって女性にかぶさる現実の不条理を強い素朴な線で描いた櫻木みわ「コークスが燃えている」(『すばる』四月号)を読んで、男性として動揺せざるをえなかった。七月には「群像新人評論賞」休止の話題に絡んで山本貴光氏と住本麻子氏の論考をわたしが批判するということがあり、有難いことに住本氏から応答があった。はじめのうちわたしは事柄をあくまでも手続き上の問題、文芸批評が守るべき最低限のマナーの問題としか捉えていなかった。もちろんそれはそれとしてあるのだが、氏の「反論」を読み自分も再反論を書きながら、論争という行為に抜きがたくあらわれる〈力〉の意味、そこにつきまとう自らの男性性、という方向にも考えが進んだ。そこには批評の男性性という問題も当然含まれるだろう。また、ふたりの女性の関係に焦点を合わせた児玉雨子氏の中篇「誰にも奪われたくない」(『文藝』春号)について批判めいた感想を記したものの、同氏の短篇「凸撃」(『文藝』夏号)――こちらは男性の関係が中心にある――を読んで前言を翻すということもあった。これも右記の問題と根っこでつながっていて勉強になった。

『文學界』二月号の鴻巣友季子、安藤礼二、江南亜美子三氏による座談会「21世紀の日本文学」における安藤氏の率直な言葉が印象に残っている。「文学はジャーナリズムではありません。私が鴻巣さんと一番相容れない点はたぶんそこにあると思います。別に文学をジャーナリスティックに評価してもしょうがないでしょう」「わかりやすい社会問題に沿っていけば表現についていろいろ語れるけれど、そういったものが本当に文学にとって重要なのかという疑問は当然残るはずです」「だから、問題、問題、問題、と問いを重ねていくと、本当にそのような問題が存在するのだと思い込んでしまう。しかし、問題を立てないこともまた重要なプロテストになるというか、文学の機能として重要なんじゃないかな、と」。じっさい作品は「問題」とどこかでかかわりながら、しかしそれに明確に背を向けてめいめい孤独に立っていた。「ジャーナリズム」はその事実をどうすることもできない。さいごにちょっと前のものだが『群像』の創刊70周年を記念した座談会(二〇一六)での辻原登氏の発言を書き写して、極私的な「おそすぎた目覚め」(中野重治)をめぐるこの小文を閉じる――「文学という流れは、文芸誌に常に掲載されたり、文学賞をとったり、売れたり、売れなかったりという形で、作家という職業につくこととは全く関係ない。文学志願者、それから文学愛好家たちがうねりのように生まれて消えていく。そこには進歩も発展も何もなくて、ただひたすら累々と日の目を見なかった作品だけが残っていく」。(かわぐち・よしみ=文芸批評)


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12月26日(日)15時~