書評|()|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年7月8日 / 新聞掲載日:2016年7月8日(第3147号)

書評
納豆を巡る壮大な旅 ――高野節で一気に読ませる――


出版社:
このエントリーをはてなブックマークに追加
とりあえずは、この希有な旅人にして、旅のエンターティナーが「食」に興味を抱いてくれたことを喜びたい。食にまつわるあれこれを飯の種にしているものとしては。

あの『謎の独立国家ソマリランド』の高野秀行が食文化を語るのだから。まあ、『イスラム飲酒紀行』のようなものもあった。飲酒がタブーのイスラム圏で飲んで回るという、変化球ながら飲食の文化比較ネタである。あるいは『移民の宴』。とはいえ、今回のそれのようなストレートな食文化をテーマにしたものははじめてではないか(熱心な読者ではないので、もしかしたら、誤解があるかもしれないが)。

話はアジアの納豆である。十四年前、ミャンマーの少数民族地帯、カチン州を反政府ゲリラと歩いていた時に、高床式の民家で生玉子と納豆が登場したのだと。白いご飯と一緒に。それ以前にも、同じミャンマーのシャン州で麻薬王として知られる、クンサーのところで、納豆味のスープを食べたりしていた。

そんなことが根っこにあって、「納豆食べられる?」というのが日本人に仲間入りする際の踏み絵のようなものであることに違和感を感じて、納豆を巡る壮大な旅に……。

似たような経験を評者もしている。シャン州の市場で納豆を見つけ、中華料理屋で納豆ご飯にして食べ、「何故、ここに納豆が?」と思ったものだった。三十年ほど前。

その後、この本に登場する様々な納豆に出会い、これまたこの本にも書かれている、中尾佐助の記述であれこれを理解する。ただ、この本に書かれている照葉樹林文化論の中でというよりも、食文化論の名著である『料理の起源』に寄った方が話が見えると思う。

納豆とは無塩の豆の発酵食品であり、日本とチベットから北タイにかけての一帯、及び、マレーシア、インドネシア(のテンペ)に存在する。納豆の大三角形。その内部には有塩の発酵食品、つまり、味噌の仲間はあるが、納豆はほぼない……という。

そして、その系譜を継いでといっていいと思うが、地理学者である横山智名古屋大学教授の『納豆の系譜』も素晴らしい労作である。

要は東南アジアに特徴的なように、米と魚(ナレズシや魚醤のような発酵食品)が糖質と蛋白摂取の基本となっているように、穀物と豆が基本という組み合わせがある。インドの菜食主義もその系譜だが、東アジアの食文化もそうである。そのような系譜の中で、豆の食べ方の工夫として、納豆も存在している。

とまあ、理屈を簡単にまとめてしまうと、身も蓋もないが、その中には多くの興味深い物語がある。そのあたりが旅の表現者、辺境ライターの面目躍如。納豆を巡る旅で、三百五十ページを一気に読ませるのだから。まさに神は細部に宿っている。もとより、あの「高野節」。好き嫌いは分かれるだろうが。

とりあえずは別の食べ物も、やってくれないかしら。スシ、シオカラじゃ当たり前?
このエントリーをはてなブックマークに追加
森枝 卓士 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >