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更新日:2016年7月8日 / 新聞掲載日:2016年7月8日(第3147号)

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日本人の誇りをとりもどす一冊 一度は読んでおくべき人生の必読書


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「日本語は神の国のことばだ」

これは、アルバート・アインシュタイン博士が、来日時に残したことばとして、私が学生時代に物理学の教授から教わったものだ。アインシュタイン博士は、関西を旅して、その優しい響きの日本語にいたく感動したという。そうして、冒頭のセリフをつぶやき、続いて、「こんなことばがこの世にあるなんて。日本語がこの世にある限り、世界平和は達成されるだろう」と言明した。

学生だった私は、「アインシュタインと言うのは、ずいぶん感激屋さんなのね」と思っただけだった。そして、後に、角田忠信先生に出逢って、「神の国のことば」ということばのもっと深い意味を知ることになった。

私が、角田先生の名著『日本人の脳』に出逢ったのは、二〇〇〇年ごろだったと思う。一九七〇年代に出版されたその本は、脳とことばの関係性を研究している私に、たいへん大きな衝撃をもたらした。

角田先生は、日本人だけ(正確にはポリネシア語族の言語の使い手も含む)が母音を左脳で聴く、と言う事実を発見した。

音を、言語野が局在する左脳で聴くということは、その音に、脳がなんらかの感性的あるいは情緒的な意味を見出すということである。日本人は、母音単音、あるいは母音のみの連続音(あいおい、のような)もきちんと音声認識するし、「あ」には開放感、「い」には前向きの意思などを自然に感じている。つまり、母音は、それだけでことばの音としての役割を成しているのだ。そんなことは当たり前のことなので、私は驚きはしない。驚いたのは、非日本語人たちが、母音に感性的意味を見出さないということの方だった。

母音を、右脳で、単なる音響振動音として処理する。実は、人工知能で、音声認識をする際に、日本語は母音中心に認識し、英語は母音を切り落として認識しなければならない。研究開発の当初、英語の音声認識プログラムを日本語に適用しようとして、まったくうまく行かないので、そのことに気づいたのだった。

角田先生は、虫の音、小川のせせらぎ、木の葉がカサコソいう音など、自然界の音が母音とよく似た波形のため、日本語人だけが、これらの自然音をことばの領域で聴くことも発見している。つまり、私たち日本語人は、山に入れば、山が語りかけてくる。自然と対話して暮らしてきたのである。しかし、非日本語人は、自然界の音を雑音のように聞き流す。野山は語りかけてこず、したがって、自然とは対峙する関係になる。自然は共棲するものではなく、征服するものなのである。

アインシュタイン博士の言った「神の国のことば」ということばと、この事実は、美しく呼応する。

その後、私は実際に角田先生にお目にかかり、実験にも参加した。それはそれは精緻な研究で、先生自身、とても謙虚で穏やかな賢者だった。研究の内容があまりにも衝撃的なので、マッドサイエンティストのように言う人がいるが、それは全然違う。

今回の新刊『日本語人の脳』は、角田先生の研究のすべてを集大成した、圧巻の名著である。ここまでの数冊の内容を終結させ、角田先生ご自身の、研究に至るおいたちや、決して順風満帆でなかった研究の日々が語られている。

研究の書なので、難しい箇所はたくさんあるが、そこを読み飛ばしたとしても、日本語の特別さを知ることが出来る。日本人としての誇りが湧いてくる一冊。日本語の使い手であれば、一度は読んでおくべき、人生の必読書である。
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