マルクス貨幣論概説 書評|イサーク・イリイチ・ルービン(法政大学出版局)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年3月24日 / 新聞掲載日:2017年3月24日(第3182号)

マルクス貨幣論概説 書評
スターリンに粛正された悲運の経済学者ルービンの幻の貨幣論草稿

マルクス貨幣論概説
出版社:法政大学出版局
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本書の著者イサーク・イリイチ・ルービンについては説明が必要であろう。ルービンは、一九二〇年代のソ連で活躍したマルクス経済学者である。スターリンによって粛清されたために長らく忘れられた存在であったが、一九七三年になって、彼の主著『マルクス価値論概説』の英訳が出版され、欧米のマルクス派からの注目を集めるようになる。

英語圏では、一九五〇・六〇年代に、投下労働量に基づく価値の生産価格への「転形」を巡る論争(いわゆる転形論争)がサミュエルソンのような新古典派経済学者も参加して行われた。その結果、マルクスの「転形」は数学的には成り立たないことが明らかになり、新古典派だけでなく、マルクス派のシンパと目されていたスラッファ派(新リカード派)までもが労働価値説を否定するに至った。こうして、一九六八年の学生叛乱を受けてアカデミズムでも勢力を伸ばしつつあった英米のマルクス派は、一転守勢に立たされるようになる。

ルービンの『価値論概説』の英訳が出版されたのはそうした時期である。新古典派とスラッファ派に挟撃されたマルクス派の一部は、ルービンのこの本に活路を見いだした。後にルービン派と呼ばれることになるこの論者たちは、マルクスが、リカードのような古典派とは異なり、価値の実体を投下された(具体的な)労働ではなく、「抽象的労働」(抽象的人間労働)に帰していたことに着目する。一九二〇年代に、ルービンは、抽象的労働に関する(コーンらの)「生理学的」解釈に対して、抽象的労働は交換による等置を通じて生じると主張し、論争を引き起こしていた(いわゆるルービン=コーン論争)。一九七〇年代になって、抽象的労働についてのルービンの考えが「発見」され、転形問題の隘路を抜け出すために利用されたのである。今日、欧米マルクス派では支配的となった感のある転形問題に関する「新解釈NewInterpretation」も、このルービンの「発見」に端を発している。

さて、本書『マルクス貨幣論概説』であるが、一九二〇年代に四度も改訂を重ねた『価値論概説』とは異なり、未発表の草稿である。訳者解説によれば、この草稿は、スターリンによる粛清の後、遺族によって長年秘匿されていたが、ソ連の崩壊過程で、ルービンの名誉回復が進み、明るみに出たものであるという。生前に公刊されることはなかったが、『資本論』第一巻第一篇のうち、『価値論概説』には欠けている、価値形態論、交換過程論、貨幣機能論が論じられていることから見ても、『価値論概説』を補完するはずだった著作であると言えよう。

ルービンの抽象的労働論の要点は、投下労働量が等しい商品が等しい価値をもつとは限らないということである。実際に投下された(具体的)労働は、市場における交換を通じて、抽象的労働に還元されるが、その際、相対的に高く評価されることも低く評価されることもありうる。しかし、このことは投下労働量が価値を規定しないことを意味するわけではない。生産が繰り返されるなかで、投下労働量から乖離した交換は、部門間移動を引き起こし、市場における評価を通じて労働が社会的に再配分される。こうして、社会全体の再生産構造が市場を通じて調整されるのであるが、このことを可能にするのが本書の主題である貨幣である。貨幣との交換は、一対一の個別的な取引でありながら、同時に、社会全体と関係を取り結ぶことでもある。このような観点から、ルービンは個別(ミクロ)と全体(マクロ)の結節点として貨幣を捉え直そうとするのである。

欧米のルービン派は、他学派への対抗意識が強すぎるあまり、投下労働量による価値の規定を軽視しがちである。そのため、日本の研究者からは、ルービンの抽象的労働論に対しては、マルクス経済学の土台を掘り崩すものであるという否定的な評価がなされてきた。しかし、このような評価はあまりに一面的である。ユニークな観点からマルクス貨幣論に光を当てた本書は、欧米の論争によってミスリードされた嫌いのあるルービンの抽象的労働論についても見直しを迫るものであると言えよう。(竹永進訳)
この記事の中でご紹介した本
マルクス貨幣論概説/法政大学出版局
マルクス貨幣論概説
著 者:イサーク・イリイチ・ルービン
出版社:法政大学出版局
以下のオンライン書店でご購入できます
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