葦笛の詩神―英国十八世紀の牧歌を読む 書評|海老澤 豊(国文社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年3月24日 / 新聞掲載日:2017年3月24日(第3182号)

葦笛の詩神―英国十八世紀の牧歌を読む 書評
英国牧歌の系譜学 
英詩研究にとって貴重にして必須

葦笛の詩神―英国十八世紀の牧歌を読む
出版社:国文社
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従来の英詩の通史を振り返ってみると、〈自然〉に対するネガティヴな描写の多かった十七世紀の英国詩人と、〈自然〉に対するポジティヴな態度が突出して見える十九世紀の英国詩人たちとの間にあって、十八世紀の英国詩人たちはあまり〈自然〉を問題にしていなかったかのような感じを受ける。この両者の間に、もちろん、トムソンのような自然派詩人がいることは周知のことだが、そこに埋もれた多くの十八世紀詩人たちがいて、多種多様な〈自然〉に関連した詩を書いていることは、あまり知られていなかった。そこに着実な研究の光を当ててきたのが、本書の著者、海老澤豊氏であろう。

氏は、すでに『田園の詩神――十八世紀の英国の農耕詩を読む』(国文社、二〇〇五年)と『頌歌の詩神――英国十八世紀中葉のオードを読む』(国文社、二〇一〇年)という分厚い研究書を著しており、本書は対象ジャンルを牧歌に絞った六〇〇頁にならんとする大著第三作目である。どの著書も、前ロマン派研究といえ、ロマン派に至る地下鉱脈を掘り下げるもので、英詩研究にとっては貴重にして必須のものと言える。

では、牧歌とは何か、一般的なところでは、〈「しばしば人為的、慣習的な手法で、羊飼いの生活を描いた詩や劇やこれに類したもの。簡素な田園の屋外生活を扱った作品にも適用される」〉という定義をあげておきたい。ただし、本書では、それに相当する牧歌だけの単純な追跡に終わらず、牧歌が複雑な影響や受容の中で徐々に変容・発展していく姿を懇切に探求し、いわば牧歌の系譜の多様な様相を浮き彫りにしている。

まず本書は、著者の言葉を借りれば、〈十八世紀の牧歌を理解するための準備段階〉として、紀元前三世紀前半シチリア島シラクサに生まれた、牧歌の創始者テオクリトスと、その継承者たる前七十年マントヴァ近郊に生まれたウェルギリウスの牧歌の特徴を精査し、古代ギリシア・ローマの牧歌詩人たちを初め、中世イタリアではダンテやペトラルカ、そして牧歌の範疇に独創を加えた十五世紀のサンナザロの『漁夫牧歌集』を経て、いよいよ十六世紀末の英国の大詩人スペンサーの『羊飼いの暦』に辿り着くと、フレッチャー、マーロー、ミルトン、そしてマーヴェルに至る十七世紀までの英国牧歌の系譜を、壮大なパノラマのように一望し、伝統との関連を押さえながら立証していく。

これだけでも大変な力業で、優に一冊の研究書として成り立つほどだが、著者はそこからいよいよ十八世紀の牧歌詩人たちへと筆先を向ける。その最初に来るのが古来の優雅な伝統を援用するポープであり、それから離れてゆくかのように英国の自然を取り込むフィリップスである。この二人の立場を巡って、前者を無視するように書いたティッケルの文章がポープを憤慨させ、〈牧歌論争〉が起きる。ここに牧歌の中から英国的な志向とともに、やがてロマン派を呼び寄せることになる〈自然〉を歌う詩的方位が見えてくる。

この時、面白い皮肉が重なった。ポープの側を守るべく立ち上がったゲイの筆が、いつしか逆の評価を引き出し、フィリップスの行き先を切り開く役目を果たしてしまったのである。こうして従来の牧歌から離れ、多様な変化・独創の輪が広がってゆく。

この流れの中で重要なのは、ロマン派以前の詩に〈自然〉が大きく現前してくる展開であり、やがて牧歌は消滅していくと同時に、ワーズワスらの〈自然〉を巡るロマン主義の新しい詩が開花してくることなのである。こうした展開を、これほど綿密に十八世紀のあまりお馴染みでない詩人たちと詩作品を、自家薬籠中の翻訳で紹介した書は他にない。

洋の東西を問わず、詩に興味関心のある方々にはぜひ一読をお勧めしたい。貴重な文献資料としても書棚に置いておきたい研究書である。
この記事の中でご紹介した本
葦笛の詩神―英国十八世紀の牧歌を読む/国文社
葦笛の詩神―英国十八世紀の牧歌を読む
著 者:海老澤 豊
出版社:国文社
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