小沢蘆庵自筆 六帖詠藻 書評|(和泉書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年3月24日 / 新聞掲載日:2017年3月24日(第3182号)

小沢蘆庵自筆 六帖詠藻 書評
その和歌活動の全貌がいまや誰にも開かれた形で公に

小沢蘆庵自筆 六帖詠藻
編 集:蘆庵文庫研究会編
出版社:和泉書院
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小沢蘆庵自筆 六帖詠藻()和泉書院
小沢蘆庵自筆 六帖詠藻

和泉書院
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江戸時代、いや日本の和歌史全体を見渡しても、「ただごと歌」と呼ばれる一種の主情主義歌論を説いたことで知られる小沢蘆庵(一七二三~一八〇一)ほどその重要性に比して資料整備が立ち後れている歌人はいないだろう。その最大の要因は自筆家集『六帖詠藻』(静嘉堂文庫蔵)全五〇巻という、誰もが二の足をふむほかない物量にあった。当該自筆本所収の和歌約一万七千首すべてを、B5判二段組、約八〇〇頁、約一・八㎏という重量級の一冊にまとめ上げた本書の刊行はまさに壮挙であり、編纂にあたった蘆庵文庫研究会の各位にまずは満腔の喝采を送りたい。

同研究会は本書に先立ち、二〇〇九年に青裳堂書店の日本書誌学大系の一冊として『蘆庵文庫目録と資料』を世に送り出している。蘆庵文庫とは蘆庵一五〇年忌にあたる一九五〇年に京都の新日吉神宮に設置された文庫で、門弟であった藤島宗順が師蘆庵より譲られた資料を核に、同社社家歴代の蔵書・文書等から成る大規模なアーカイブである(京都女子大学図書館現蔵)。当初国文学研究資料館の事業として始められた調査は、完了までじつに約二十年もの歳月が費やされ、今日われわれはその結実である同書によって文庫の全貌を机上に眺めることができるのだが、こうした調査が行われる以前、当該文庫は新日吉神宮宮司であった藤島益雄と、その友人で医師の中野稽雪(共に故人)により長年にわたって維持管理がなされてきた。

蘆庵の門人中野熊充の後裔という縁から、在野にあって蘆庵研究に心血を注いでいた中野には『校注完本六帖詠藻』という世に知られざる未刊の稿本があった。一九五九年に一応の完成をみた該書は、驚くべきことに独力で自筆本『六帖詠藻』の全文を解読し、諸本との対校・注解すら施されているという。詳細は本書の後語(大谷俊太執筆)に就かれたいが、このたびの出版が中野の遺志の継承であることは巻頭の献辞からも明らかである。

本書には研究編として加藤弓枝による論考三篇が収録されている。刊本と自筆本との相違点、蘆庵門下における和歌修練の実態、自筆本系『六帖詠藻』の流布過程など、いずれも今後の指針とすべき重要な指摘に満ちている。とくに従来しばしば取り沙汰されてきた「ただごと歌」の語が、じつは蘆庵自身の言説に即する限りさして重要とは見做し難いとの指摘など、蘆庵像に大きく修正を迫るものである。さらに索引編には人名索引と初句索引まで付されている。まことに至れり尽くせりである。

それにしても膨大な歌数である。『万葉集』の約三・八倍、『古今和歌集』では約十五倍にあたり、また他の家集と比するに本居宣長『石上稿』が八千余首、正徹『草根集』が約一万千首、三条西実隆の『雪玉集』『再昌草』を合せて一万五千首超というから、活字化された和歌の総数において維新以前の歌人中では蘆庵が一躍トップクラスに駆け上がったことになる。「蘆庵翁の和歌は当代第一たり」「太秦は蘆庵の〓州なり」と杜甫に擬して蘆庵を激賞したのは頼山陽であったが、その和歌活動の全貌がいまや誰にも開かれた形で公にされた。

秋日の微妙な色彩のうつろいを「むらしぐれはるればたてる秋ぎりにかさねて木々の色や染らん」と詠み、「かたがたに引きわかれつつねこの子のむれてあそべる夢やみるらん」と小さきものを愛で、また歌のあるべき姿を「ことのはは人の心の声なればおもひをのぶる外なかりけり」と断じるなど、魅力溢れる蘆庵の詠歌そのものを味読するのはもちろんのこと、上田秋成、伴蒿蹊、円山応挙、呉春、妙法院宮真仁法親王など同時代を生きた綺羅星のごとき才人たちとの和歌を通じた雅交を眺めるのもまた『六帖詠藻』というテクストを読む愉悦である。

圧倒的な物量をものともせず、蘆庵研究の基盤整備を着実に進める蘆庵文庫研究会の活動には頭を垂れるほかない。本書の出版を慶賀しつつ、同研究会の次なる偉業を鶴首して俟つ次第である。
この記事の中でご紹介した本
小沢蘆庵自筆 六帖詠藻/和泉書院
小沢蘆庵自筆 六帖詠藻
編 集:蘆庵文庫研究会編
出版社:和泉書院
以下のオンライン書店でご購入できます
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