キャスターという仕事 書評|国谷 裕子(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年3月24日 / 新聞掲載日:2017年3月24日(第3182号)

キャスターという仕事 書評
テレビジャーナリズムの本質 
どんな立場の人にも聞くべきことを聞く

キャスターという仕事
出版社:岩波書店
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日本のテレビ史上最長不倒ともいわれる番組のキャスターを退いておよそ1年。この本は課題山積のテレビジャーナリズムを語るだけでなく、ひとりの女性の成長と格闘を自身の言葉で綴った待望の書だ。

キャスターはアナウンサーとどう違い、どんな仕事をする人なのだろう。視聴者には画面の向こうの人間が日々何と闘っているのかを知る機会はほとんどない。著者はキャスターをこう定義する。「23年間の仕事の核は、問いを出し続けることであったように思う。インタビューの相手だけでなく、視聴者への問いかけであり、自らへの問いかけでもあった。」

キャスターは言葉を見つける人でもあった。9・11同時多発テロが起きた時、ブッシュ米大統領は、「これは新たな戦争だ」と表現した。だがいったい誰との戦争なのか、著者は言葉を探した。そこで見つけたのは「見えない敵」という言葉。「テロとの戦い」が持つあいまいさとわかりにくさを浮き彫りにする表現だった。

キャスターはバトンを受け取り、走り切る人でもある。記者・ディレクター・編集マン・音響効果・声優、そしてプロデューサー・編責…番組には実に多くの人間が関わる。キャスターは映像の鮮度を生かし、素材の裏に隠れたものを補強し、本質を伝える最終ランナーだ。

テレビ番組はわかりやすさが最優先される。しかしそれでは現実という豊饒な世界をチープなものに変えてしまいかねない。そうであってはならないと著者は考えた。問題の複雑さを避けてはならない。難しいことに向き合うことによって知性の真価が試される。こうした覚悟に支えられていたからこそ、視聴者は彼女の言葉を信頼したのだった。

3000回を超える放送の中で、著者はさまざまなゲストや取材者から吸収し、日々筋トレに励むように研鑽を積み重ねた。尊大とは無縁の、学び続ける人でもあった。特筆すべきはテッド・コペルなどのアメリカの代表的なキャスターから、テレビジャーナリズムの本質をつかもうと努めたことだ。どんな立場の人にも聞くべきことを聞く。政権の中心にある政治家であろうが怖れずぶつかっていく。視聴者の知る権利に奉仕するための代行者、その矜持が彼女を凛とした放送人に育てた。

著者は、番組の冒頭で主旨を伝える「前説」をいつも自分で書ききった。自身が納得できる言葉でないと、視聴者に届かないと思ったからだ。評者は番組のプロデューサーとして8年あまりをともに過ごし、日々の努力と涙を間近に見てきたから、その執念がわかる。

今は偽の情報が氾濫し、乱暴な言葉が飛び交う「ポスト真実」と言われる時代。そんなことでよいわけはない。著者はこう書く。

「『問うべきことを問う』ことがますます求められていくのではないだろうか。ジャーナリズムがその姿勢を貫くことが、民主主義を脅かす世界を覆すことにつながっていくと信じたい」。

短い充電の期間を経て、世の中は再び稀代のキャスター・国谷裕子の出番を待っている。
この記事の中でご紹介した本
キャスターという仕事/岩波書店
キャスターという仕事
著 者:国谷 裕子
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
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