徳と理性 書評|ジョン マクダウェル(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

徳と理性 書評
徳と理性にまつわる根深い偏見を打破 アリストテレスの実践哲学の新展開

徳と理性
出版社:勁草書房
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近年の英米哲学でのアリストテレス哲学の人気は目覚ましい。大陸哲学において「実践哲学の復権」が興隆し始めた一九六〇年前後から、英米哲学でもアリストテレスの実践哲学が注目を集め始めたが、とくに最近の「新アリストテレス主義」と呼ばれる哲学者のなかでも、徳倫理学とメタ倫理学をめぐり独自の考察を展開するジョン・マクダウェルはひときわ異彩を放っている。

マクダウェルの仕事は、心の哲学や言語哲学をはじめ、形而上学や認識論など多岐にわたるが、今回刊行された『徳と理性』は、表題論文をはじめ、一九七〇年代末から九〇年代半ばにかけてのマクダウェルの倫理思想にかかわる緒論を収録しており、その独特な着想の根幹を知るには格好の一冊と言える。本書でマクダウェルは、先達の倫理思想に潜む前提に根本的な疑念を投げかけつつ、わけてもアリストテレスの実践推論を手がかりに「徳」の新たな姿を浮き彫りにしようと試みている。

マクダウェルの徳倫理学の立場は「内在主義的認知主義」と呼ぶことができる。道徳哲学において心理学の哲学の必要性を提起したアンスコムや、「信念」とは独立に「行為」を動機づける「欲求」の分析を展開したフットらは、行為の情況を形作る「事実」の認知を排除する「外在主義的非認知主義」に立つ。これに対してマクダウェルはネーゲルに倣いつつ、行為の動機づけは、欲求ではなく事実をめぐる「情況」の把握に依拠するとする「内在主義」に立つ。情況の把握は、行為者当人の在り方におうじて情況からある事実の特徴が「せり出す」ことで行われるのである。アリストテレスによれば実践推論は、一義的な結論を導き出す演繹推論とは異なり、行為者自身がみずからの「徳」のもとでそのつどの情況を的確に見極めることによってこそ適切に行われる。マクダウェルもまた、理論的な演繹推論や合理的な技術的推論、それに基づく「司法主義」的思考を厳しく批判し、それらの倫理的な実践推論への混入を徹底的に斥ける。道徳判断は、世界に対する「感受性」をとおした情況の「認知」によって成立する「認知主義」たるべきなのである。マクダウェルのこの「内在主義的認知主義」は、実践推論の本質的着想を分析哲学の文脈で見事に昇華させたものと言えよう。

さらにマクダウェルが八〇年代半ば以降展開した独自のメタ倫理学的考察も見逃せない。主体の内的意識を対象へ投げかけるヒューム流の「投影主義」に立って、ロックの「第二性質」と価値をともに非実在とみなすマッキー、また価値を含まない実在に反応する「道徳的感受性」を主張するブラックバーンに対して、マクダウェルは主観と対象の二者択一という図式自体を斥け、両者が相互連関しあう「連動する複合体」という考え方を打ち出す。これはアリストテレス的な「徳」の内実を規定する試みと言えるが、そのさいマクダウェルは「ウィトゲンシュタインのパラドクス」をも援用しつつ、「欲求」や「信念」に依拠する外在主義が暗黙に前提としている道徳判断の規則性を徹底的に批判する。それによって、科学的物理主義に囚われた「自然主義」を排除するとともに、「陶冶」により豊饒化する人間本性の「第二の自然」の可能性が浮き彫りにされることになる。

マクダウェルによるアリストテレス実践哲学の刷新の軌跡を伝える本書だが、惜しむらくは原著全四部十七論文中、第一部第三論文および第二部諸論文を中心とした抄訳にとどまった点だろう。ギリシア哲学やウィトゲンシュタインを扱った諸論文を含め全体が訳出されたなら、哲学史への広範な視野と緻密な言語哲学的考察の融合に基づくマクダウェルの独特な倫理思想の全体像はより明瞭になったに違いない。しかし抄訳といえども、斬新ながらも難解極まるマクダウェルの倫理思想の核心に達意の日本語で触れることができるという点で、本書が刊行された意義は極めて大きい。巻末の丁寧な解説も有益である。(大庭健監訳/荻原理・村上友一・村井忠康・佐々木拓・荒畑靖宏訳)
この記事の中でご紹介した本
徳と理性/勁草書房
徳と理性
著 者:ジョン マクダウェル
出版社:勁草書房
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