D・H・ロレンス書簡集Ⅷ 書評|(松柏社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年3月31日 / 新聞掲載日:2017年3月31日(第3183号)

D・H・ロレンス書簡集Ⅷ 書評
文学作品や評伝と合わせて読むと生の声が聞こえてくる

D・H・ロレンス書簡集Ⅷ
編 集:吉村宏一ほか編訳
出版社:松柏社
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D・H・ロレンス書簡集Ⅷ()松柏社
D・H・ロレンス書簡集Ⅷ

松柏社
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小説家D・H・ロレンスはジェイムズ・ジョイスと並ぶ二〇世紀の二大作家と位置付けてよいだろう。だがロレンスは詩人でもあり、レター・ライターでもあった。本書の底本であるケンブリッジ大学出版局発行のロレンス書簡集は全八巻だが年代順に配列されている。ロレンスがある時点で何に関心を持っていたかが分かるが繰り返しの内容が多くて、宛名の素性とロレンスとの関係が分からないと辟易する。一方、本書は二〇〇五年から企画されたシリーズの八巻目で一九一七年(二七名宛)~一八年(三七名宛)分の三四三通の日本語訳である。宛名ごとに配列したので、その人物とロレンスの関係が明白になってありがたい。だが全六〇〇頁ほどのなかで宛名が異なると、例えばロレンスの徴兵検査に対する嫌悪感を表わす文章が散見されるので時系列が漠然となってしまう。しかし巻末の解題を読んで一九一七、八年の英国の情勢のなかでロレンスがどういう状況に置かれていたかを理解すればかなりの部分が解決される。各宛名に関する詳しい説明があり、本文にも註がついているので大変ありがたい。

一九一四年に始まった第一次大戦は一七年になると長期化して泥沼化に陥る。ロレンス夫妻は前年からコーンウォールに滞在していたが長編小説『虹』が一五年に発禁になった影響で、一六年に完成の大作『恋する女たち』の出版もままならず金策に四苦八苦する。一七年初めには母国に嫌悪感を持ち、アメリカ移住を決めるがパスポートがおりない。妻のフリーダはドイツの貴族の娘で、従弟はドイツ空軍の誇る撃墜王「レッド」バロンでもあり、ロレンスはスパイ嫌疑をかけられて当局による監視下に置かれ、散々嫌がらせを受けて最終的には一〇月にコーンウォールから強制退去になる。その後住居を転々として、一八年五月から翌年四月までダービーシャーのマウンテン・コテジに落ち着く。一八年から翌年まで「スペイン風邪」で感染者五億人、死者五〇〇〇万人という世界的に人類史上最悪の情況になり、ロレンスにとっては受難の年だった。

レター・ライターとしてのD・H・ロレンスは二三歳の一九〇八年から盛んに書き始めて、没年の一九三〇年二月までに二二年間に長短合わせて生涯で約五八〇〇通に近い手紙を書いている。この数字は二〇世紀の文人の中で最多と思われる。二、三の例を挙げると、本書の扱う二年間で、最多の六一通の手紙の宛名はJ・B・ピンカーでロレンスの出版代理人である。彼への手紙はほとんどが本の内容や執筆中の状況など、出版に関するものと稿料の前払いや金策の願いが多い。レディ・シンシア・アスキス宛は三一通である。彼女の夫ハーバートは一九〇八~一六年までの英国のアスキス首相の次男である。ロレンスはパスポートが下りず、アメリカ行きの希望が八方ふさがりになり、シンシアから義父を通じて便宜を図って欲しいという気持ちもあった。他にも影響力のある知人には手紙のみならず接触もしている。興味を惹くのは『恋する女たち』のレルケのモデルと言われる画家のマーク・ガートラー宛ての一〇通のみの手紙だ。自分の作品や知人に対する本音や理想郷について等々、深い思いを吐露している。自分と同質の人間性を感じたのだろう。

現在の日本人は電話で簡単に意思疎通を図れるし、またメール全盛の社会なので手紙を書くことは少ない。なぜかくも頻繁にロレンスは手紙を書いたのだろう。大きな理由の一つに、二〇世紀前半のイギリスではまだ一般家庭に電話は普及していなかったということが挙げられる。その代りの役を果たしていたのは手紙であり、それは日本でも同様だ。ロレンスの手紙は今なら電話で話すような内容が多いし、文章も砕けていて、いわば口語体の文章だ。ロレンスの文学作品のみならず評伝と合わせて手紙を読むとロレンスの生の声が聞こえてくるようであり、作品が一段と身近に感じられてくる。本書は一読に値する。
この記事の中でご紹介した本
D・H・ロレンス書簡集Ⅷ/松柏社
D・H・ロレンス書簡集Ⅷ
編 集:吉村宏一ほか編訳
出版社:松柏社
以下のオンライン書店でご購入できます
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