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更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

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「応用」経営史の可能性を提示する力業 産業・企業の歴史的文脈から発展のダイナミズムを析出 


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長年にわたって精力的に経営史研究のフロンティアを切り開いてきた橘川武郎氏の近作『応用経営史―福島第一原発事故後の電力・原子力改革への適用』は、著者年来の主張である「応用経営史」の手法を具体的・体系的に提示するために、事例として日本石油産業および福島第一原発事故後の電力改革・原子力改革を取り上げ、さらに日本における経営史学の50年におよぶ展開をサーベイしている。

多くの歴史家は「歴史とは現在と過去の対話である」という言葉を好むが、一方で「現代」を取り上げることはあっても、「現在」を研究対象とすることは稀である。「応用経済史」、「応用歴史学」という言葉もない。応用経済学とは異なり、応用すべき理論体系が明確ではない、あるいは歴史学には経済学や経営学には比肩しうるような理論体系は存在しないし、存在する必要もないというぼんやりとした感覚が「応用」なる言葉の使用をためらわせるのだろうか。

そうしたなかで橘川氏はあえて「応用経営史」を提唱する。応用経営史的分析の作業手順はシンプルである。「(1)問題に直面している産業や企業がおかれている歴史的文脈(コンテクスト)を明らかにする、(2)歴史的文脈をふまえて問題の本質を特定する、(3)問題解決の原動力となる、当該産業や当該企業が内包している(多くの場合、顕在化していない)発展のダイナミズムを発見する、(4)(中略)当該産業や当該企業が直面している問題を解決する道筋を可能な限り具体的に展望する」(本書、6頁)。この分析手続きを具体的に適用したのが石油産業であり、原発事故後の電力・原子力改革であるが、とくに後者に関する分析が第3章から第7章までを占めている。事故直後の2011年3月24日から本書執筆時の2015年10月までに著者が発表した原発事故、電力・原子力改革に関わる著作、インタビュー記事等のタイトルが本書にすべて収録されているが、その数は354本に達する。刻々変化する深刻な現実に対してこうした精力的な発言・分析を続けてきた歴史家を評者は他に知らないし、だからこそつねに自らの発言の歴史的根拠を手放さないとする姿勢を貫く橘川氏が「的確な歴史観と大局観の提示こそ、経営史学のレーゾンデートル」と主張するのも深くうなずける。そこには「パパ、歴史は何の役にたつの」と聞かれたマルク・ブロックの言動に通じるものを感じるのは評者だけではないだろう。

著者が第3章~第7章で提示した電力・原子力改革に関するバランスのとれた精緻な議論を紹介・議論するだけのスペースはないが、原発推進派、反対派双方に対する批判を踏まえた「リアルでポジティブな原発のたたみ方」に込めた著者の議論を無視して今後の電力・原子力改革はないだろう。そのうえで最後に一つだけ疑問を提示したい。著者は「フクシマ50」のような献身的な活動を踏まえて、東電問題の本質は「高い現場力と低い経営力のミスマッチ」と指摘する(88頁)。しかし齊藤誠『震災復興の政治経済学―津波被災と原発危機の分離と交錯―』(日本評論社、2015年)が詳述する現場の様相は相当に異なる。非常時対応マニュアルの選択を誤った可能性があるとしたならば、東電は原子力プラントのユーザーとして成熟していなかったことになる。献身的であることとそれが現実に力を発揮することは別次元の問題であり、徹底的に歴史的文脈にこだわる本書にとって、非歴史的な「現場力」なる用語は必要ないのではないだろうか。戦時経済史経営史研究を垣間みた者は、各現場での献身的な試みが結果として大きな不条理の自己運動を支えていたことを知っている。
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