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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年4月10日 / 新聞掲載日:2017年4月7日(第3184号)

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初期近代英国悲劇の闘技者たちの系譜


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一冊の単著としては、異例なほど浩瀚な本書(総体九二六頁)は、約半世紀にわたる著者の研究・教育生活の軌跡、人生の軌跡といってよく、真摯に学の途をひたすら歩いてきた者の、知的苦闘を抗うことなくよしとする力がひしひしと感じられる。

「序」や「あとがき」に、本書の成り立ちの経緯が語られている。英文学が大学の研究・教育で繁栄し確乎とした地位を誇っていた時期の、京都大学学派全盛期の学苑で薫陶を受けた著者は、なによりも本書成立の根拠はそこにあるとしている。テクスト解読を中心とし、二十・二十一世紀の文学批評理論に偏するわけでもなく、無視するわけでもない中庸の立ち位置(とはいえ、数人の理論家、とりわけスティーヴン・グリーンブラットが好みのよう)で、国内外の先行論への目配り等の学問的手続きにぬかりはなく、淡々と理解しやすく説明がなされている。それは、本書の基盤が、なによりも大学の教養課程の授業が基盤にあったことを物語っている。

本書の内容を端的にいえば、主人公の「苦悩」する「力」の「謎」を解明せんとした、シェイクスピアを中核とするエリザベス朝の「悲劇」論である。具体的には、「何故悲劇なのか、何処が悲劇なのかという問題意識を常に念頭におきながら各々の悲劇(作品)に内在する謎を解読する作業が中心」的営為だという。その行き着く先には、「エリザベス朝悲劇の特色或いは魅力」を解明することが控えている。著者は「悲劇」の「謎」に「魅了」され、その「魅了する力」の解明に憑りつかれているといえよう。そして、その解明の具体的方法は、「作者の意図と読者の解釈がぶつかり合う、テクストの徹底した「読み」を基盤とする批評或いは解釈」だとしている。「謎」といっても解答の用意されたものではなく、解答の出ない「不可思議」なもので、それは英語「ミステリー(mystery)」がふさわしいという。

本書の構成は、(1)シェイクスピア以前(キッド『スペインの悲劇』とマーロウ『フォースタス博士の悲劇』)、(2)シェイクスピア(『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』『アントニーとクレオパトラ』『コリオレーナス』『ペリクリーズ』『冬物語』『テンペスト』)、(3)シェイクスピア以後(ウェブスター『白い悪魔』と『モルフィ公爵夫人』、ミドルトン&ローリー『チェインジリング』、ターナー(もしくは、ミドルトン)『復讐者の悲劇』)である。そして、最後に、著者が「謎」解明の過程で使用したC・L・バーバー、マイケル・ニール、ジョン・ドラカキスとナオミ・コン・リーブラー〈編〉『悲劇』の悲劇論をまとめている。

(2)の箇所の頁数が俄然多いことからも、著者の関心の核がシェイクスピア悲劇にあることがわかる。各章の考察時期からするなら、『スペインの悲劇』と『フォースタス博士の悲劇』が一番最近のもので、他の論考を前提に追究されたのだろうと思われるので、本書の中でも主人公の「苦悩する力」の追究が圧倒的力をもって読者に迫ってくる。

それにしても、著者のいう「苦悩」は英語で何に相当するのか。“anguish” “torment” “throe” “distress” “pang” “suffering” などがすぐに想起されるが、一番適切な語は “agony” ではないだろうか。この語に置き換えて本書を読むなら、本書が対象とした時代の少しあとには、あのジョン・ミルトンの詩劇『闘技者サムソン』(Samson Agonistes)が控えている。この「闘技者」は英語で “agonistes” で、「闘技者」「役者」を意味し、“agony”に通じている。一六七一年に出版されたこの作は、序にアリストテレス『詩学』第六章の有名なことば、「悲劇は深刻な行為の模倣」という「悲劇」の定義がエピグラフに使用されている。この観点からすれば、本書で扱われた主人公(protagonist)たちは、まさに闘技者(agonistes)に他ならず、本書は「闘技者」の「系譜」を追究したともいえるだろう。
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