わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち 書評|西牟田 靖(PHPエディターズ・グループ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年4月10日 / 新聞掲載日:2017年4月7日(第3184号)

わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち 書評
結婚とは何か、家族とは何か
苦しみを吐露する言葉から炙り出される女の性 
わが子と断絶させられた父親の人生とは

わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち
著 者:西牟田 靖
出版社:PHPエディターズ・グループ
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読み進むほどに息苦しくなっていく。それは私が子どもを持つ母親だからなのか。いや、自分も“女”ゆえに身につまされるのだろう。本書に登場するのは「離婚後に漂流する父親たち」だ。わが子に会えなくなった苦しみを吐露する言葉から炙り出されるのは、測り知れない女の性でもある。それを否応なく突きつけられる怖さを覚えたのだ。

これまで身の周りにも子どもを連れて離婚した女性が少なからずいた。夫の浮気や暴力から逃れるために家を飛び出した人、養育費をもらえず一人で働きながら子育てする人など、懸命に生きる姿を見てきたから、身勝手な父親たちを疎む感情もあったと思う。

さらに2013年12月、東京都内の小学校の校庭で父と子が焼死するという事件が起きた。妻子と別居中で、子どもに会うことを制限されていた男性は、小学校を訪ねると、野球の練習をしていた息子を校庭の隅へ連れ出し、自ら火をつけたのである。この父親はなぜわが子を巻き添えにしたのか……憤りとともに不可解な思いは残ったが、本書の著者は「他人事とは思えなかった」と明かす。

すでに自身の家庭も壊れかけ、翌年春には妻が三歳の子を連れて出ていき、夫婦関係は破綻。愛してやまない娘に会えなくなったことがショックで、体重も10キロほど落ちた。わらにもすがる思いで参加したのが、わが子に会えなくなった親たちの交流会だ。「家に帰ったら、配偶者と子どもがいなくなっていた」「家を離れたきり帰ってこなくなった」という話が続き、子どもと会えないことで鬱になる人、自殺する人も少なくないと聞く。

年間20万組以上の夫婦が離婚する現代において、子どもの多くは母親が親権者になる。そこでわが子と断絶させられた父親からの面会交流調停への申請数が増えている。子どもに会えなくなった男たちとはいったいどのような人なのか。離婚に至るまでにどんな日々があり、その後はいかなる人生を歩んでいるのか――著者は駆り立てられように当事者に会い、彼らの声を集めたのが本書である。

実際に話を聞く父親たちは子ども思いで暴力を振るうようにも見えず、経済的に安定している人が大半だったという。だが、家庭が崩壊していく過程には妻自身の不倫や義父母との不和、さらには妻からの暴力に苛まれていたことなどが浮かび上がる。そしてある日、子どもを連れ去った妻から身に覚えのないDVを訴えられ、“無実”を証明する術もないまま翻弄されていくケースが多かった。

そうした経緯を知るほどに、女の性も思い知らされて胸が苦しくなる。ならば、結婚とは何か、家族とは何か。そして、それが破綻したとき夫婦の狭間に置き去りにされる子どもたちはどうなるのか……と。

それでも救いといえば、本書に登場する父親たちが最後に望むのは「男だって子どもと存分にふれ合いたいし、育てたい。親として子どもと一緒に生活することで、生きて行くことの喜びを感じたり、親として成長していきたい」ということ。それは父親だけでなく、母親にとっても大切なことだ。男と女が出会い、ひとつに結ばれて生まれる命。その命を大きく育むためには何が大切か。本書を読み終えて、ほのかな灯もともるような気がした。
この記事の中でご紹介した本
わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち/PHPエディターズ・グループ
わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち
著 者:西牟田 靖
出版社:PHPエディターズ・グループ
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