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更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

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「生ませる権力」の親切さと押し 付けがましさの二重性の揺らぎ


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「性」をテーマにした女性作家の躍進が著しい。感覚的・身体的に「性」を書くのではなく、理知的・科学的に、世界を構築して「性」「生殖」そのものを思索する作家の力作が目立つ。村田沙耶香の『殺人出産』『消滅世界』、すばる文学賞佳作受作で、不妊治療の技師を主人公にした竹林美佳『地に満ちる』が典型である。

窪美澄の『アカガミ』も、「性」をテーマにし、近未来SFの世界設定を用いて、「生殖」の問題を描いている。他者に対する欲望や身体性が希薄になり、生きている感覚が薄れ、恋愛や性行為を求めない若者達が増えるという世界設定は、類型的ではあるものの、恋愛や性交の経験率がどんどん下がっているという統計やニュースを踏まえると、リアリティのあるものである。擬似恋愛を体験させてくれるサブカルチャーやポルノなどに満ちた世界では、リスクを負って異性を求め、結婚し子供を生み経済的に苦しむよりも、一人で生きる方が「合理的」な選択になるのは必然だろう。

個人の覚悟と責任において、自分は恋愛も性交も結婚も出産もしないのは、一つの生き方だ。しかし、それでは国家や集団は、世代を超えて維持できない。だから、規範やルールなどを用いて、世代を再生産する必要がある。現在の現実においても、出産に適した年齢への教育や、出生前診断などが行われている。そのような国の助けは、必要な人間には有用な援助であるが、誘導としての不気味さをも確かに持っている。国家による福祉は、そもそも、徴兵のために健康的な「国民」が必要になり発生したという説があるほどである。

『アカガミ』は、「生ませる権力」の、親切さと、押し付けがましさの二重性の揺らぎを捉える。「アカガミ」は無論、徴兵のために使われた紙のことを隠喩的に指している。この世界では、国の手厚い支援の上で生まれた子供がどうなるのかは、明確な答えは描かれていない。噂や推測、不安感があるだけである。この真相、真偽の分からない不安の中で「子供を生むかどうか決めなければいけない」ことの決意性と怯えがよく伝わってくる。

震災後、曖昧な不安や予感の中で、「世界が二重化」する作品が多く書かれ、多くの読者を獲得した。吉村萬壱『ボラード病』や星野智幸『呪文』などは、近未来SFの設定を用いて、「二重化した世界」が、安全なのか危険なのかに分裂する様を描いた代表的な作品である。本作の二重性には、震災後のそのようなリアリティが滲み出ている。本作は、「性と出産」を巡るテーマと、震災後の意識が「二重化してしまう」状況、この二つの系譜が交差したところにある佳作である。

無論、欠点も指摘できるかもしれない。あまりにあっさりしているところ、構造が単純な点、言葉そのものへの拘りの薄さなどは、マイナスだと捉える者もいるかもしれない。とはいえ、全体があっさりしているのは、作中の「なんとなく」快適そうで起伏のない生活感を表現しているようでもあり、意識的に不安や思考を「止めている」主人公と同期してとも読めるようになっている「過剰な不安を意識的に止めた快適さ」そのものが持っている不穏さ。その穏やかな文体は「子供のため」という名目と、国が支給する「薬の効果」で余計な思考をしなくなっていく「快適な麻痺」状態の表現である。その世界の、心地よさと、おぞましさが、文章を通じてぼくらの脳にも侵入してくるかのようだ。
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