文学における宗教と民族をめぐる問い 書評|中里 まき子(朝日出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年4月17日 / 新聞掲載日:2017年4月14日(第3185号)

文学における宗教と民族をめぐる問い 書評
宗教や民族にもとづく衝突に文学や芸術はどのように応えてきたのか

文学における宗教と民族をめぐる問い
著 者:中里 まき子
出版社:朝日出版社
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宗教や民族の衝突に、文学や芸術がどのように実践的に応えてきたのか、と本書は問う。長い歴史的な射程を持つ問いであり、かつ現代的な問いでもある。

本書は、二〇一六年七月に岩手大学において開催された国際シンポジウム「文学と芸術における宗教・民族をめぐる問い」の報告として刊行された。収められた計七本の論考を簡単に紹介しておこう。冒頭はエリック・ブノワの講演「文学における多様な宗教・民族の対立と融和」である。宗教、民族、自民族中心主義などの定義と展開を広い視野から整理したのち、遠藤周作の『沈黙』、プッチーニの『蝶々夫人』、チヌア・アチュベの『崩れゆく絆』他さまざまな文学作品を逍遙し、「多様性における連帯」のあり方を模索する。俳人である照井翠の「隠れキリシタン殉教の地、大籠」は、岩手県一関市の集落大籠で起こった隠れキリシタンの処刑事件という悲劇の歴史をたどりつつ、句作の実作を示している。

中里まき子「殉教者たちの物語の継承――コンピエーニュ・カルメル会16修道女をめぐって」は、フランス革命時代に殉教した修道女たちの歴史を掘り起こしながら、歴史の継承と書き換えの入り組んだ道筋を示してみせる。佐藤竜一「宮沢賢治「ビヂテリアン大祭」改定稿におけるエスペラント表記について」は、ベジタリアンとしての賢治とエスペランチストとしての賢治の交点を同作に見、改稿作業の背後に日本におけるエスペラントブームの終焉を見ている。

秋田淳子 「 Toni MorrisonのJazz(1992)についての一考察――再生への軌跡」は死、出産、胎動、ジャズのリズム、周期などに注目し、同作を精読する。梁仁實「韓国女性映画人の戦争と〈戦後〉」は、韓国初の女性監督朴南玉の映画『未亡人』(1955)を取り上げ、帝国日本の残像とアメリカの影を論じて、韓国映画の戦後のあり方を照射している。論集最後はブノワの「世界大戦期のレオン・ブロワとジョルジュ・ベルナノスにおける救済する女性像とジャンヌ・ダルク」である。

論集全体として、課題である「宗教や民族にもとづく衝突に文学や芸術がどのように応えてきたのか」に関する議論が、かみ合った形で提示されているかといえば、残念ながらそうとはいえない。

共通点を探すとすれば、文学作品を歴史の表象という角度から考察する姿勢を挙げることは可能かもしれない。たとえばブノワ、照井、中里らの論からは「殉教」の歴史語りを考えることの興味深さを教えられた。中里は、殉教者の歴史が権力による被迫害者の歴史であるため継承の困難を伴うと指摘しながら、「同時に、語りたいという欲求に支えられた歴史でもある」(64頁)と指摘する。四〇年の歳月を経たのちに書き記された、生き残りの修道女の手記を読み解きながら、中里は史実と創作の間の揺れに迫ろうとする。その揺れにこそ、書き手にとって重要なものがあったのだと考えるからである。

おそらく文学は、現実世界の民族・宗教にもとづく衝突に、直接的な力を及ぼすことはできない。だが、ブノワが述べるとおり「最も共通で最も普遍的なこと」が「各自が特殊なこと」(39頁)であり、文学作品がその特殊を公共の空間へと放つ回路だとするならば、文学や芸術が応えていることの一つのあり方はここにあると言えるだろう。殉教者の個別的な悲劇が作品によって深く掘りさげられるほど、その作品は殉教者の信じた宗教の枠さえも越えて、広く読者を得ていくのだ。
この記事の中でご紹介した本
文学における宗教と民族をめぐる問い/朝日出版社
文学における宗教と民族をめぐる問い
著 者:中里 まき子
出版社:朝日出版社
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