90度のまなざし 書評|合田 佐和子(港の人)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年4月17日

不思議な甕 
大きな渦にいったん飲み込まれたら、ちっとやさっとじゃ抜け出せない深さ

90度のまなざし
著 者:合田 佐和子
出版社:港の人
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ちょっと見には、短い文をテーマ別に編集した、特に変わったところのない本のようだが、なんのなんの、大きな渦がゆったりと巻いていて、いったん呑み込まれたら、ちっとやさっとじゃ抜け出せない深さを感じさせる、不思議な甕なのである。こわごわ覗いてみると、中から合田佐和子さんのミステリアスなまなざしが、こちらに向けられている。はっと顔を上げるとすぐ隣にも合田さんがいる。合田さんが甕の中の合田佐和子さんを見ている、この本はその現場なのだった。

合田さんが小学校一年生のとき、学校に提出した詩――あさつんでよるひらくはな わたしのふとんのそれはばら――が、「天才出現」騒動をひき起こし、わずか三日でそれが盗作だとされたとき、ひとり泰然としていたのは、少女・佐和子。わたしが書いたんだもん。学校の帰りに担任の先生が自転車を押しながらひっそりと、よほど気に入って、自分で書いたつもりになってしまったんだね、と助け船を出してくれたときも、返事のしようがなく、ただ押し黙って歩いていたという。そのとき少女・佐和子は「ずっと立ち止まったまま見送っているもうひとりの自分が後にいるのをはっきり知っていた」――合田佐和子さんの、これはまさしく「原体験」だった。その後も合田さんがずっと、「もうひとりの自分」を見ることのできるひとであり続けたことは、この本からも読み取ることができる。

子どものころ、屋根の上を自分の安息所にしていて、そこにいると「ひそかに別の生きものになっていくような気がして」いたというし、おとなになってからも、ふと妙な気分になり、「丁度、裏返しの世界へはまり込んで、透明な膜をへだてて、さっきまで住んでいた世界を向こう側に眺めているような具合」になることもあったという。

こうした現実離れ(比喩ではなく!)の感覚は、「珍しいもの、はみ出したもの、少数のものに幼い頃から魅かれ続けてきたが、その傾向は募るばかりである」という自覚も生んだ。かつて定住を決意するまでに惚れ込んだエジプトは、そういったもので溢れているワンダーランドだったし、いっぽうで、空飛ぶ絨毯もかぐや姫も竜宮城もすべて実在したにちがいないと、合田さんは本気で断言するのである。

画家であろうとした合田さんが、三次元のものをなぜ二次元に表現しなければならないのかという深刻な問題で悩んでいたとき、銀板写真を見て、写真に撮られたものを描けばいいのだと、あっさり解決策を見出したのも合田さんらしい。実際、銀板写真は、びっくりするくらい陰影がはっきりした不思議な二次元世界であり、合田さんにふさわしい。「この世の境をひょいとまたいで越えた日に、別の世から眺めた過去の私のこの世の姿は、もしかしたら一枚の写真のように印画紙にはりついているように見えるかもしれぬ」とも書いているが、これは自分を写した幻の銀板写真のことを言っているのかもしれない。その銀板写真を手に取ってみたいと、しみじみ思ってしまうのである。
この記事の中でご紹介した本
90度のまなざし/港の人
90度のまなざし
著 者:合田 佐和子
出版社:港の人
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月14日 新聞掲載(第3185号)
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