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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年7月15日 / 新聞掲載日:2016年7月15日(第3148号)

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「地霊を呼び起こす」試み 知らないことだらけで目を開かれる


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中上健次はかつて紀行エッセイ『紀州』の冒頭でこの地を「闇に沈んだ国」と呼び、自分は、熊野すなわち「隠国の町々、土地土地を巡り、たとえば新宮という地名を記し、地霊を呼び起こすように書く」のだと述べた。

『熊野からケルトの島へ』の著者は「『現場を重視し、自分の目で確かめる』ことをたたき込まれた」元新聞記者である。「黒潮に呼ばれて」熊野に移り住んだという。社殿のない神社をていねいに踏査し、祭りのようすを描写した章などを読むと、小説家とは異なる視点から「地霊を呼び起こす」試みをおこなっているのがわかる。

経済部の記者として活躍した著者は定年退職後、東京から奈良の明日香村に移り住み、土地に根ざした目で古代史を探究してきた。五年あまり前、明日香から熊野へ居を移した彼は、「暖流が沖を洗う」土地で暮らすうちに、ユーラシア大陸の反対側にもメキシコ湾流が流れていることに思い当たる。そしてアイルランドとスコットランドの現場を踏む旅に出た。ケルト人の言語と文化が息づくヨーロッパ西端の「隠国の町々、土地土地」を訪ね、地元熊野の風物・歴史と照らし合わせたのがこの本である。

熊野の「常世の国」とアイルランドの「常若の国」、イングランドに吸収合併された歴史を背負うスコットランド人の反英感情と熊野人の反骨精神、さらには神話・伝説に見る女性戦士・地母神の呼応などが具体的に語られる。読者はページを繰るうちに、オシーンの「常若の国」訪問譚、妖精起源説、ケルトの聖樹崇拝などとともに、地母神としてのイザナミや女族長ニシキトベについても詳しくなる。スコットランド、アイルランド、熊野の歴史と文化の基本をいつのまにか学ばせてしまうところに、ベテラン記者のワザが光る。

熊野とケルトの間に指摘される類似点の中で、とりわけうなずきたくなるのが宗教的な寛容さだ。「神道と密教・修験道、祝詞と読経が混在するさまを上から見守るように、「南無阿弥陀仏」の文字(名号)を刻んだ一遍上人の石碑が建つ」、と要約される熊野信仰の混交性は、異教的な要素を力づくで排除せずに土着化したアイルランドのキリスト教を想起させて示唆に富む。

また、アイルランド移民の話題とからめて、熊野から海外へ「雄飛」していったひとびとの活躍が紹介された章などは、知らないことだらけで大いに目を開かれた。
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