ビジネス現場で役立つ 経済を見る眼 書評|伊丹 敬之(東洋経済新報社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年4月24日 / 新聞掲載日:2017年4月21日(第3186号)

ビジネス現場で役立つ 経済を見る眼 書評
経営学者による「経済を見る眼」 
多様な論理と事例がつむぐ快活な経済書

ビジネス現場で役立つ 経済を見る眼
著 者:伊丹 敬之
出版社:東洋経済新報社
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本書は、「この本は、会社で働く人びとのために『経済を見る眼』を解説する本である」(1頁)という一文から始まるが、現役の社会人にとどまらず、「これから会社で働く」学生諸君やシニア世代など幅広い層にぜひ届けたい良質な入門的経済書である。経済現象を論理的に紐解いていくことの面白さと楽しさとあわせてその深さを実感させてくれるし、経済(思想)史の知見も活かされている。数式や抽象的理論モデルを多用する経済学のドライさのせいか、かつて経済学に関心をなくした人も本書を一読すれば見方が変わるのではないか。経営学者による『経済を見る眼』の最大の功績は、経済という複雑な生態の難解さから生じる人びとの心理的障壁を払拭しうることにあろう。

ゆえに経営学や企業研究の第一人者である氏の本書でのこだわりは、むろん単なる「経済を見る眼」を提供することではない。その主眼は、「経済学は人間を研究する学問である」というケインズの師のA・マーシャルの言葉を念頭に置き、多様な人間の感情・動機や錯綜した心理が経済にもたらす側面に着眼したいわば「人間臭い」経済を見る眼を描き出すことである。

社会人学生の「素朴な疑問」(第1部)―ここで列挙されている幾つかの疑問自体もその「素朴さ」ゆえに即答することはかなり難しい―にも、その観点から1つ1つ丁寧に論じられている。第4章「会社の中で、経済学は何の役に立つのか」というおそらくは学部学生の多くも漠然と抱いている問いに対し、「コスト」と「分析視点の高度化」の必要性から説明し、最後はA・ハーシュマンの「神の隠す手の原理」に言及している。日常生活での身近な感覚から一般的原理へのステップアップを通じてのアプローチは参考になる。「役に立つ」とはそれが実学的でビジネス世界で即効性があるということより(本書表題の前には「ビジネス現場で役立つ」という文言が挿入されているとはいえ)、経済学的思考の深みや凄みを実感し、意識レベルにまで高める効能をさす。

本書の中核をなす「マクロ経済を考える」(第2部)「市場メカニズムを考える」(第3部)そして「日本の産業を考える」(第4部)についても幅広い考察が展開され、現代経済社会の多様な問題群を独自の論理と概念を駆使して概説するストーリー性は実に示唆に富んでいる。各パートで、財政・金融(カネ・為替・株式・債券・負債)や社会保障・少子高齢化の諸問題、グローバリゼーション時代における製造業の国際展開やサービス経済化の進展にともなう(国内での)産業構造的諸問題、高度成長とその終焉から危機・安定・不安定の時代に突入した日本経済史および世界経済史など、各自の興味関心に応じて本書は自由に読み進めることができる。ただ本書の特色と着眼を知りたい方は、第5部「経済を見る眼を養う」を先に読むことを著者自身は推奨している。端的にいえば、「人間臭い」とはいかなる内容を含意するのか。

実際のところ氏は、人間行動のメカニズムとその相互作用が生み出す連鎖反応と副次的効果を複眼的に捉えることの重要さを説き、そのためには「カネの理論」「情報の論理」そして「感情の論理」を的確なバランスで位置づけ活用しなければならない。「感情」は人間の「心理」に換言しうるが、ケインズのいうアニマル・スピリッツのような将来の不確実な世界での投資決定や未知なるイノベーションへの挑戦は、社会科学としての経済学が「人間(行動)」の研究にほかならず、そうであるからこその難しさを秘めざるをえない存在となっている。少子高齢化が急速に加速する日本の産業においての最大の課題は多様な人間の心理的エネルギー(の発揮)であり、マクロ経済の視点からみれば、「成長しなくなってしまった今の日本の最大の問題は、国民の心理的エネルギー水準の低迷なのであろう」(110頁)と指摘される。バブル崩壊の後遺症として生じた流動性の罠(そして日本経済が陥ったという安定性の罠)からの脱却を図るべく期待インフレを設定したアベノミクスの中核をなす日銀による異次元金融緩和政策の基本的着想はその指摘と軌を一にしているといえるだろう。民間投資にせよ個人消費にせよ、そして政府の経済政策も期待と心理によって動かされると同時にまた萎縮し動かなくなってしまう。だからこそ「失われた20年」で本当に失われたのは、「マクロ経済のマネジメント」だったことが強調されるわけだ。こうした本書全体をつらぬく氏の率直な問題認識はとりわけ重要であり、経営学分野に限らず、行動経済学や行動ファイナンスはじめ、経済学の理論研究でも近年大きな進展がみられつつあることに注視しておきたい。

評者がもっとも強く学問的関心を喚起させられたのは第3部。企業や組織をコアとする経営学においても現実的交換・取引の「場」としての市場が重要であり、ミクロ経済学も「市場メカニズム」の働きとその長短を学ぶことがメインだ。多様な動機と目的、心理・感度をもつ人間の意思決定とその相互作用として成り立つ「市場」―財・製品市場、(国際)金融市場、労働市場―についての理解を深めることが「経済を見る眼」を養う近道だろう。

市場メカニズムについての著者の基本的理解は、「人類はこれにまさる経済全体の統御メカニズムをまだ発見していない」(206頁)という(いわばハイエク的な)ものだが、もちろん市場は万能ではないし多くの欠陥を抱える仕組みではある。ただ、1)適者実験、2)優勝劣敗、3)報酬対応という3つの特性を有しているがゆえに、市場は外的な環境適応能力(これに環境創出能力をくわえてもよいだろう)に富んでいる。市場メカニズムは一定のルールのもとで自由かつ試行錯誤的に活動することを個別(民間)企業に許容し、市場からの淘汰や撤退を促す「規律のメカニズム」と企業同士での水平的情報共有や製品改善のインセンティブ提供を促す「相互作用のメカニズム」としての2つの市場競争機能をも有しており、それらどちらの機能的特性も考慮されなければならない。市場メカニズムが内包する「格差」拡大の問題、市場経済というより資本主義経済の本質ともいいうる「投機」(という暴力装置)がもたらす不安定性・破壊性の意味についても考察が及ぼされる。こうした諸問題はきわめて現代的な問題関心を示すものにほかならない。市場メカニズムには多くのデメリットがあるからといってそれを廃棄することはできない。投機や格差には実はプラスのメリット(順機能)もある。それではどう「折り合い」をつけていけばよいか、これは広く人類社会全体に課されている難題であろう。

国際分業のパターンを産業空洞化とは異なる「ピザ型グローバリゼーション」として新たに考え直す試み(第17章)、氏が唱えてきたコーポレートガバナンスとしての日本型「人本資本主義」システムの経済合理性(第15章)など、本書には著者独自の概念が散りばめられ、それらが複雑で多面的な経済現象を読み解く武器になっている。経済学と経営学のいずれもが「人間」を1つの重要なキー概念としている。当然ではあるが、その観点から「人間臭い」「人間味ある」経済書を明快に論じることは容易でない。10年前の『経営を見る眼』の最後の一文にはこうある。「経営とは、人間の総合判断力の幅と深さを鍛える、絶好の知的営為である」。「経営」は「経済」に置換できよう。

近年ことに「経済」や「ビジネス」に対する世間一般の関心の高さを反映しているのか、関連書籍の刊行が目立っている。とはいえ、経済現象や社会問題の背後にある多様な論理(的思考経路)とその複雑さを正確に把握するためには、しっかりとした「経済を見る眼」を養い鍛える必要がある。本書はそのための最良の入門的一著ではないだろうか。広く多くの方に推奨したい。
この記事の中でご紹介した本
ビジネス現場で役立つ 経済を見る眼/東洋経済新報社
ビジネス現場で役立つ 経済を見る眼
著 者:伊丹 敬之
出版社:東洋経済新報社
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