貧困の発明 経済学者の哀れな生活 書評|タンクレード・ヴォワチュリエ(早川書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年4月24日 / 新聞掲載日:2017年4月21日(第3186号)

貧困の発明 経済学者の哀れな生活 書評
貧困を戯画的に描く予断はひとまず裏切られる

貧困の発明 経済学者の哀れな生活
著 者:タンクレード・ヴォワチュリエ
出版社:早川書房
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『貧困の発明』というタイトルに「経済学者の哀れな生活」なる副題。帯には「トマ・ピケティ絶賛!」という惹句とともに「これまでに読んだいちばん可笑しな小説」という彼の推薦文が躍っている。

見るからに経済学を題材にした小説のようで、実際そうなのだが、中身は予想されるものとはたぶんだいぶ違っている。書き出しの一文はこうだ。

「ジェイソンの勃起した性器の写真があちこちの研究室で回覧されはじめたのは、八月、彼が最新の妻を連れてポリネシアへクルーズに出かけていたときだった」

ジェイソンが旅行から戻ると「縦五メートル横二メートルに引き伸ばされた自分の性器の写真が研究所の正面に掲げられていた」。ただしこの哀れなジェイソンは主人公の経済学者ではなく、サブキャラの海洋生物学者だ。

主人公の名前はロドニー。コロンビア大学教授にして世界銀行のチーフエコノミスト、国連の特別顧問でもあるエリート中のエリート経済学者だ。彼は「貧困との闘い」を使命と任じている。貧困撲滅キャンペーンを主導する国連事務総長の韓国人ドン・リーは、雇い主にして相棒、というより共犯者である。

そう、彼らは貧困撲滅運動から、地位と名誉だけでなく巨額の報酬も手にしているのである。ドン・リーはロドニーに「このままではうまくいかない」とこぼす。「民間企業は、貧困の撲滅がまったく儲からないとわかれば一ドルだって出そうとはしない」と。さらに悪いことに貧困が減少していることが判明する。

「絶対的貧困の撲滅はもはや問題ではない」そうドン・リーに言われたロドニーは、新たな貧困者を創造するべく動き出す。そもそもが「ロドニーが撲滅したがっている『絶対的貧困』とは、彼の野望から彼が生み出したもの、いわば彼の発明」だったのだが。

そこに絡むのがジェイソンだ。彼は、結婚と離婚を繰り返しては巨額の慰謝料を取られ、性器写真のスキャンダルで大学を去ったが、学者としては極めて優秀なのだ。ジェイソンはロドニーに貧困者のストックを一定に保つ方程式を伝授する。それはタイセイヨウクロマグロの生息量を推定する式をそのまま流用したものだった。

ロドニーとジェイソンを繋ぐのは、ロドニーがプロジェクトの土地ハノイで知り合い娶った絶世の美女ヴィッキー。性的に奔放なこのファムファタールを狂言回しにして、人間関係と思惑の錯綜するスラップスティックコメディが進行していく。

さて、国連および世界銀行の貧困撲滅キャンペーンというのは実在のプロジェクトであり、ロドニーとドン・リーにもモデルがいる。ロドニーのモデルはジョージタウン大学のマーティン・ラヴァリオン、ドン・リーのモデルは前国連事務総長のパン・ギムン(潘基文)だ。

よく知られる「一日一ドル以下で暮らす」という絶対的貧困の定義もマーティン・ラヴァリオンが定めたものだし、貧困減少を受けてキャッチフレーズの数字が「一・二五ドル」などと修正された事実もある(さすがにタイセイヨウクロマグロの式が流用された事実はないと思うが)。

作者のタンクレード・ヴォワチュリエも経済学者、それも開発援助を専門とする経済学者であり、この小説は内部告発めいて見えなくもない。だがむしろ貧困という問題の一筋縄ではいかない様を戯画的に描いたものと捉えたほうがよさそうである。

というのは、ピケティは「可笑しな小説」と評したが、エロ・グロ・ナンセンス風味の強い破天荒な小説であり、手法が告発のような目的に見合っているとは認め難いからだ。下世話な通俗性を厭わない作風はちょっとミシェル・ウエルベックを想起させなくもない。本作は四作目の小説となる。学者の手すさびという予断はひとまず裏切られるだろう。(山本知子訳)
この記事の中でご紹介した本
貧困の発明 経済学者の哀れな生活/早川書房
貧困の発明 経済学者の哀れな生活
著 者:タンクレード・ヴォワチュリエ
出版社:早川書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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