若狭がたり わが「原発」撰抄 書評|水上 勉(アーツアンドクラフツ)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月1日

故郷への「思い・考え」を綴る 「静かな怒り」を秘めた「反原発」の思い

若狭がたり わが「原発」撰抄
出版社:アーツアンドクラフツ
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知る限り、沖縄文学や北海道文学の書き手を除いて、戦後文学者の中で水上勉ほど「生まれ在所=故郷」の「若狭」にこだわり続けた作家はいない。直木賞受賞作品『雁の寺』(六一年)や『一休』(七五年)などの自らの仏教(修行)経験を背景とした一連の作品、更には三島由紀夫の『金閣寺』とは全く異なる視点と言っていい「貧しい若狭」出身の修行僧の生い立ちから金閣寺消失事件の真相に迫った『金閣炎上』(七九年)など、「生まれ在所・若狭」は水上勉文学にとって重要なキーワードとなっていた。

そんな水上勉と深い関係にあった「生まれ在所・若狭」に、自然と人心を荒廃させ、人々の暮らし方を一変させた原子力発電所が一九七〇年初めて運転を開始した。以後今日まで、「廃炉」が決まった新型転換炉「ふげん」や高速増殖炉「もんじゅ」を含む一五基もの原発が「若狭」に建設されてきた。そんな「若狭」が原発銀座と異名を取るほどに変貌した現実を背景に書かれたのが、長編『故郷』(一九八七年七月から「京都新聞」や「福井新聞」などの十二地方紙に連載、九七年六月集英社刊)である。ニューヨークで成功した夫妻が、老後を故郷の若狭で過ごすことを夢見て帰国しながら、その故郷が今や昔の面影を消失した原発銀座になっている現実を知って絶望的になってしまったことを軸に展開するこの長編には、水上勉の「原発論」が凝縮していると言っても過言ではない。

本書は、副題の「わが『原発』選抄」が如実に示すように、水上勉が故郷の若狭に竹人形劇や講演会、音楽会などの文化活動を行う「若州一滴文庫」を一九八五年に開設して以来(『故郷』の時代と重なる)、帰郷するたびに見聞することになる「原発」とその建設に伴う自然や人心の荒廃を核として、心の内に湧出する様々な「思い・考え」を綴ったものである。ここで明らかにされているのは、水上勉がスリーマイル島の原発事故(七九年)やチェルノブイリ原発の大事故(八六年)が起こる以前から、その「科学の進歩」を根拠とする「安全神話」に疑問を呈し、原発の存在に「不安」を抱いていたということである。

例えば、その「疑念」や「不安」は、「絶対安全だと政府に言われても結局コンピューターを操作するのは人間である」から事故が起きないなどとは言えないとか、チェルノブイリ原発の事故と同じ年に起こった「三原山大噴火」災害に触発された「(わが国の原発は)ぜったいに安全だと行政はいっているが、人災はいくら気をつけていても、地震でも起きたら、という考えも凡人ゆえにもつのである」というような言葉によく現れていた。

その意味で、本書は亡くなって七年後に起こった「フクシマ」を予感したような「静かな怒り」を秘めた水上勉の「反原発」の思い=言葉が詰まったものになっている。それは、一九七〇年代半ばから「反原発」を表明してきた大江健三郎のものとは違うが、「フクシマ」を忘れたかのように、停止していた原発が次々と再稼働されつつある昨今、多くの人に読まれるべき内容を持った一書なのではないか、と評者は強く思った。(
この記事の中でご紹介した本
若狭がたり わが「原発」撰抄/アーツアンドクラフツ
若狭がたり わが「原発」撰抄
著 者:水上 勉
出版社:アーツアンドクラフツ
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月28日 新聞掲載(第3187号)
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