岩波茂雄文集 書評|岩波 茂雄(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
2017年5月1日

“学術を万人の下に" 
出版事業四十八年間の思想、心情吐露の集大成

岩波茂雄文集
著 者:岩波 茂雄
編集者:植田 康夫
出版社:岩波書店
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出版社数あれど、岩波文化人と呼称される知識人が輩出され、一時期を劃したことがあったのは記憶に新しい。創業者の岩波茂雄が古本屋に始まり、漱石全集と哲学叢書によってその地位を確立、“学術を万人の下に”をスローガンとして、岩波文庫、岩波全書、岩波新書を刊行したのは、不朽の事業として評価されている。日本敗戦後すぐに創刊された『世界』が、講和条約が問題になり出した昭和二十五年(一九五〇)前後から、急進的立場をとり出した。その結果、岩波文化人は進歩派と目され、言論界に大きな影響力をもった。岩波茂雄は『世界』創刊(一九四六年一月)の年の四月二十五日に死去しているので、岩波書店の出版物全体を、創業者の書き遺した文章から幅広く見渡せる機会が待たれていた。

植田康夫、紅野謙介、十重田裕一、三人の編者と的確な解説のもと、神田高等女学校で教師をしていた三十二歳の青年が、神保町に古書店を開業し、出版事業の道を歩み始め、敗戦日本の荒廃と混乱の中で再出発の決意を抱く四十八年間の思想、心情吐露の集大成が、重厚な三巻本として刊行された。

 第一巻(解説「第三帝国の出版人」紅野謙介)
Ⅰ 教師から本屋へ(一八九八―一九二六年)
Ⅱ 岩波文庫の誕生(一九二七―三一年)
Ⅲ 創業二〇年と岩波全書(一九三二―三三年)
Ⅳ 欧米視察旅行へ(一九三四―三五年)

以下、各巻の解説の主要部分を抽出する。第一章に収められた「教師より本屋に」(承前)の一文で茂雄は「私の店は商業上の第三帝国でありたい」と書いた。これは『万朝報』のジャーナリスト茅原華山の雑誌『第三帝国』が背景にあって使った言葉である。来たるべき「民本主義」の時代、国家と個人を切断し、国家を抑制し、個人を伸長せしめ、「生の飛躍」を目指すことを掲げた(ナチス・ドイツが自称した第三帝国はまったく意味をとり違えた命名。中世イタリアのキリスト教神学者が世界史を三つに区分したことに由来する)。
『吉田松陰全集』マルクスの『資本論』を出版するのも、日本精神によるものと、茂雄は“操守”の一貫性を語っている。

 第二巻(解説 植田康夫)
Ⅰ 科学の普及を目指して(一九三六―三七年)
Ⅱ 日中戦争と岩波新書(一九三八―三九年)
Ⅲ 「出版新体制」のなかで(一九四〇―四一年)

茂雄は一九三五(昭和一〇)年にヨーロッパやロシア、アメリカなど二〇カ国以上の国々を七カ月半かけて旅行した。外遊報告で、ヒットラーがやりつつある猶太人排撃、人種的偏見に対して重大な問題であると指摘した。「武力日本」と「文化日本」を比較し、「文化日本」を向上させねばならない。「教育は文化の根柢である」とし、「今の日本を救うものは科学、又は科学的考へ方」であると説いた。

茂雄は「五箇条の御誓文」の遺訓を体して、岩波講座、岩波全書を企図し、岩波新書を刊行した。その岩波が津田左右吉の『神代史の研究』などの四書で出版法違反に問われた。(昭和十六年十一月から十七年五月にかけて、被告として裁かれるという事件)

 第三巻(解説「回顧三〇年の時代」十重田裕一)
Ⅰ 戦時体制下の出版人(一九四二―四四年)
Ⅱ 貴族院議員となる(一九四五年)
Ⅲ 「文化の配達夫」(一九四六年)
Ⅳ 年代不詳

創業三〇年を記念する会を一年早く開催。昭和十七年(一九四二年、61歳)十一月三日大東亜会館での「回顧三十年感謝晩餐会」は、招待者五〇〇人にも及ぶ盛大なものであった。この挨拶で、茂雄は、自己の来歴について語り、書き手の研究・思想・芸術を忠実に伝える「一配達夫」と自身を規定した。この言葉は、茂雄の出版人としての来歴と今後の決意を表明したものであると同時に、彼が創設した岩波書店のあり方を示しているようにも見える。


こうした持続的な日本文化への貢献が実を結び、一九四六年二月十一日、茂雄は戦後第一回目の文化勲章を受賞する。出版人としては同賞初めてのことで、そのときの次のような新聞へのコメントは、自らがメディアであろうとする覚悟の言葉でもあった。

「良書は作家、校訂者、印刷者などの総力によって世に出るもので、思想家、芸術家達の余光で、私はその時々に応じて忠実に伝達した一配達夫に過ぎません」。
この記事の中でご紹介した本
岩波茂雄文集/岩波書店
岩波茂雄文集
著 者:岩波 茂雄
編集者:植田 康夫
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
岩波茂雄文集 第2巻 1936-1941年/岩波書店
岩波茂雄文集 第2巻 1936-1941年
著 者:岩波 茂雄
編集者:植田 康夫、紅野 謙介
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
岩波茂雄文集 第3巻 1942-1946年/岩波書店
岩波茂雄文集 第3巻 1942-1946年
著 者:岩波 茂雄
編集者:植田 康夫、紅野 謙介
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年4月28日 新聞掲載(第3187号)
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