やめるときも、すこやかなるときも 書評|窪 美澄(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月8日 / 新聞掲載日:2017年5月5日(第3188号)

やめるときも、すこやかなるときも 書評
人間の存在そのものに迫る 
人の心の奥深い部分を繊細なタッチで露わに

やめるときも、すこやかなるときも
出版社:集英社
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それぞれに問題を抱えた男女の恋愛を描いた、窪美澄の最新長篇は、恋愛小説ということができるだろう。だが、安直にジャンルでカテゴライズしてしまうことを、ためらう気持ちがある。なぜなら作者は恋愛を題材にしながら、人の心の奥深い部分を、繊細なタッチで露わにしているからだ。そこが本書の、読みどころとなっている。

家具職人の須藤壱晴と、製作会社で営業をしている本橋桜子。どちらも三十二歳のふたりは、結婚式の二次会パーティーで出会い、名前も知らないまま、ほんの少しだけ人生を交錯させる。ただそれだけの縁のはずだった。ところが、壱晴の作った椅子の個展のパンフレットの打ち合わせで、ふたりは再会。壱晴に強く惹かれた桜子は、積極的にアプローチしていく。しかし壱晴は、松江で暮らしていた高校時代の出来事がトラウマになり、毎年、十二月の数日間だけ声が出なくなっていた。行きずりの女性とのセックスも繰り返している。そんな、ままならない自分の心を、新たな恋愛で上書きしようと、壱晴は桜子と付き合うことを決めたのだった。

一方、桜子も問題を抱えていた。高校時代に父親が経営していた印刷会社が倒産。以後、酒浸りになった父親は、家族に手を上げるようになる。さらに桜子は一家の生活を支えるのに追われ、男性との付き合いも上手くいかず、まだ処女であった。授かり婚で家を出た妹に、複雑な感情を覚えながら、それでも家族を捨てられない。壱晴との恋愛にのめり込んでいく桜子だが、自身の家庭環境と、はっきりしない恋人のトラウマに、心を揺らせる。不器用な男女の恋愛の行方は、いったいどうなるのであろうか。

本書は、壱晴と桜子の視点を、交互に切り替えながら進行していく。ちょっと意表を突いた冒頭から、ふたりが再会し、恋愛へと発展していく経緯が、じっくりとしたペースで描かれる。そして、ふたりの人生が傷を背負ったものであり、欠けた心を抱えていることが分かってくるのだ。

だから彼らの恋愛は、互いの心の欠けた部分を、相手の欠けた部分で埋めようとしているように読み取れる。でも、人の心は規格品ではない。欠けたところを合わせても、最初から当て嵌まったりしないのだ。相手の話を聞き、自分の心に問いかけ、それでも時には衝突する。こうした積み重ねを経ることで、ふたりの心が微妙に変わり、結びつきを強めていくのである。

さらに、作中のエピソードにも注目したい。壱晴のトラウマの原因となった過去の出来事を始め、描かれるエピソードは、どれも特別なものではない。壱晴の師匠や友人、あるいは桜子の両親など、脇役の事情も同様である。けしてドラマチックとはいえない、日常の延長にある苦しみや悲しみを、誰もが胸に秘めているのだ。登場人物を身近に感じる理由は、ここにある。過剰な盛り上げを排しながら、読者を牽引していく、作者の手腕が素晴らしいのだ。

また、物語の文章も、称揚すべきものがある。小説の魅力を語るとき、ストーリー中心になりがちだが、文章の力も重要だ。本書はそれが、ずば抜けている。こんな表現方法があるのかと、何度も感嘆した。繊細だが緻密な文章を駆使し、恋愛関係にある男女の魅力を引き出しながら、人間存在そのものに迫っているのだ。

珠玉の文章を味わい、ゆったりと物語世界に浸る。このような作品に出合ったとき、小説が好きでよかったと、しみじみ喜んでしまうのである。
この記事の中でご紹介した本
やめるときも、すこやかなるときも/集英社
やめるときも、すこやかなるときも
著 者:窪 美澄
出版社:集英社
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