「働く青年」と教養の戦後史 「人生雑誌」と読者のゆくえ 書評|福間 良明(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月15日 / 新聞掲載日:2017年5月12日(第3189号)

「働く青年」と教養の戦後史 「人生雑誌」と読者のゆくえ 書評
貴重かつ希少な戦後史 
――「教養」とは何か―― 

「働く青年」と教養の戦後史 「人生雑誌」と読者のゆくえ
著 者:福間 良明
出版社:筑摩書房
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一九五〇年代から七〇年代にかけて、学歴エリートと大衆のはざまで生きていた勤労青年が熱心に読み、自らの人生を振り返り、綴る雑誌があった。「生き方」「読書」「社会批判」を主題とした『葦』『人生手帖』がその中心的存在だ。本書はこうした雑誌を詳細に読み解き、「人生雑誌」が働く若い人々にとって、いかに意味を持ったのかを時代背景や当時の大衆文化の詳細な分析とともに、これでもかと丁寧に語りだした貴重かつ希少な戦後史だ。

生活の貧しさが基本的な背景にあり、学ぶことを断念し、集団就職し働く若者たち。もし貧しさがなかったら、おそらくは彼らは学び続けただろう。著者が語るように、彼らの中にある「エリート」への負い目が「人生雑誌」を読み、自らの生活の現実や社会批判を語りあう源だと思う。しかし読みながら同時に、彼らに息づいていた「知」への欲望、それも生活から遊離した高等なる知の習得ではなく、常に自分たちが心身を投じて生きている労働や暮らしという現場と結びついた形での「知」を希求する、その意味でポジティブな「教養主義的」な姿を私は感じ取ることができた。まさに著者のいう「反知性主義的知性主義」を生きようとする「働く青年」の姿だ。

今一つ興味深かったのが、「人生雑誌」の読者たちが創造していた「想像の共同体」だ。スマホも携帯も、ましてやネット環境もない当時、「働く青年」たちは、他の読者に対して、できるかぎり言葉を尽くし、生きていくための処方として、思いや思想を綴ったはずだ。その文章が「査読」され、雑誌に掲載されるとき、この文章は、単に一個人としての思いや意見が綴られたものを超え、“生きられた知性に裏打ちされた教養ある知的言説"に変貌するだろう。私は、こうした変貌にかかる「時間」こそが、「想像の共同体」を維持するうえで重要だっただろうと本書を読みながら思った。数語で「つぶやいたり」、スタンプという型にはまった記号で微妙かつ深遠な情緒を「代弁」させたりするのではない。確かにネットを使えば、瞬時のうちに「つぶやき」は共有されるし、一気に自らの思いは拡散するだろう。しかし、そこには「つぶやき」が「教養」としての「知」へ変貌する余裕もないし時間もないだろう。ネットでのつながりは保たれるだろうが、「人生雑誌」が醸成したような「想像の共同体」は生まれる余地は限りなく少なくなるのではないだろうか。

また「人生雑誌」が、左翼的政治思想や新興宗教的思想から距離を取っていたことも興味深い。「マルクスみかん水」という言葉は多様な意味でおもしろい。誰もが思わずおいしいと飲んでしまうような甘ったるい形で思想を呈示するとして、それはどれくらい思想の普及に有効だったのだろうか。「人生雑誌」を読んでいるだけで「アカ」だと言われた時代があったという。とすれば、「みかん水」の戦略はそれなりに役だっていたのだろう。ただ私は、読者が求めていた「教養」や「教養」を身につけ「働こう」とした青年の姿と政治思想を彼らに注入しようとした側とのズレを明確に感じることができた。言い換えれば、「みかん水」の戦略には、「働く青年」にはこうした形でしか思想はわからないだろう、という、ある意味浅薄な思い込みがそこになかったのだろうかと。

本書を通読すれば、現代社会が長らくショクまれ続けている「病い」を思わざるを得ない。それは、私たちの暮らしから「教養」が死に絶えてしまう重い「病い」だ。大学から「教養」が奪われ、失われてかなり時間がたつ。高校や中学など義務教育からも「教養」が奪われ、国家に従順な人間を作るためという基準だけで知が選別されていく教育が幅を利かせようとしている。いったい「教養」とは何だろうか。自分を振り返り社会を批判する“生きられた知"が模索された戦後史を読むことで、今一度私たちは考えることができるのではないだろうか。
この記事の中でご紹介した本
「働く青年」と教養の戦後史  「人生雑誌」と読者のゆくえ/筑摩書房
「働く青年」と教養の戦後史 「人生雑誌」と読者のゆくえ
著 者:福間 良明
出版社:筑摩書房
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