評伝 石牟礼道子 渚に立つひと 書評|米本 浩二(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年5月15日 / 新聞掲載日:2017年5月12日(第3189号)

評伝 石牟礼道子 渚に立つひと 書評
人の肉声が行間から響く 
評伝の文章に喜びの詩が隠れている

評伝 石牟礼道子 渚に立つひと
出版社:新潮社
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米本浩二「評伝 石牟礼道子 渚に立つひと」の口絵写真を見て、若い石牟礼道子の顔と姿があまりにも伊藤比呂美に似ているので驚いた。石牟礼さん自身もそう感じたようで、伊藤比呂美に「失礼ですけど、あなたわたしに似てますね」と電話をしたという挿話が評伝の中に出てくる。「冥界からの声のようなのだ」と本文中にある。

石牟礼道子は一九二七年三月一一日熊本県天草郡宮野河内に白石亀太郎、吉田ハルの長女として生まれた。二〇一七年で九〇歳になる。評伝は祖父の吉田松太郎の時代から語り起こされるので、百年を超える時がこの一冊に詰まっている。祖父は石工の棟梁。築港、道路建設などに携わり良い仕事をしたが経営感覚には欠けたところがあり「事業道楽」「山を道に食わせた」と言われた。道子三歳の時、天草から水俣へ一家は転居する。日本窒素肥料(後のチッソ)はそれより早く一九〇八年に水俣工場の操業を開始し、道子一家が水俣へ移り住んだ頃は生産規模の拡大の最中であった。道子の幼年期で印象的人物は、松太郎の妻、つまり道子の祖母おもかさまだ。おもかさまは松太郎が愛人を持ったことをきっかけに精神に変調をきたしていた。幼年期の道子はおもかさまと過ごす時間が多かった。幼年期のおもかさまと過ごした記憶は石牟礼道子自身が語ったものだ。評伝として資料との突合せはもちろん行われているが、暖かな声が聞こえるのである。この評伝には人の声が籠っている。人の肉声が行間から響いてくる。

一九三四年、道子は水俣町立第二小学校へ入学。前年に役所が通知を忘れたために一年遅れの小学校入学だった。つづり方を習う。「この世を文字で、言葉に綴り合わせられることに驚いた。文字でこの世が復元できる。生きて呼吸する世の中をその内部から復元できる。世界がぱーっと光り輝くようでした」とつづり方を書く喜びを述懐する。この深い喜びの中からやがてこの世と並列する言葉でのみ築かれる世界が現れてくるのである。それを神話的な魂の世界と呼ぶことができる。

一九四七年。二〇歳で石牟礼弘と結婚。吉田道子は石牟礼道子となる。谷川雁、森崎和江、上野英信らとの「サークル村」に参加したのは三一歳のころだ。水俣の奇病がチッソの廃液を原因とした有機水銀中毒であることがしだいに分かってきた頃でもあった。一九六〇年「苦海浄土」となる作品の原型となる「奇病」を「サークル村」に発表。翌年には「思想の科学」に連作「西南役伝説」の第一作を発表。米本浩二は水俣病を描いた「苦海浄土」から石牟礼文学を見るのではなく、石牟礼文学の方から「苦海浄土」と水俣病闘争に光を当てる。社会問題告発文学としての「苦海浄土」ではなく、神話的な魂の世界の流転の物語として読み解く。

石牟礼道子の文学世界が生成されると、そこに出会いが生まれる。死の直前の高群逸枝に手紙を送ったのは三七歳の時だ。逸枝は亡くなったが逸枝の夫、橋本憲三は道子に東京の「森の家」滞在を提案する。「森の家」は逸枝の仕事場兼研究所であった。「西南役伝説」「苦海浄土」そして高群逸枝評伝「最後の人」はほぼ同時期に書き進められる。米本浩二はこの時期を石牟礼道子のインタビュー取材をもとに描き、そこに作家の話に耳を傾ける喜びがある。評伝の文章に喜びの詩が隠れている。

石牟礼道子は不思議な人だ。多くの人を引き寄せ、深く交際する。冒頭で似ていると電話をかけた伊藤比呂美ともそれ以来、三〇年もの歳月を年齢の違う友人として親しい交際を続けている。人を引き付けてやまない力が石牟礼道子にはある。海と陸地の間に渚に立つ人、人の世と魂や精霊が住む異界の間に立つ人と米本浩二は石牟礼道子を評する。シャーマン的な存在と呼ぶことはたやすい。松本浩二はそんな凡庸な解釈では満足しない。二〇〇三年新作能「不知火」の熊本上演の時の石牟礼道子の様子を「卑弥呼や西太后のような派手なオーラがあるわけではない。小柄な婦人が目立つのを避けるようにつつましく座っているばかりである」と書く。これこそ魂の啓示を神話として描くことができる作家の姿だ。

百年の時を旅してきた評伝の筆はやがて現代から現在へと近づく。先年の熊本地震のあたりになると身近な人との対話として石牟礼道子の近況が描かれる。時は現在の中でゆるやかにそして華やかに回転する。この評伝は評伝の作者自身が石牟礼道子が暮らす介護施設の一室で夕食を調理する場面で終わるのである。こんな評伝の終わり方があったかと驚嘆した。石牟礼道子という人の存在をもっともよく感じ取れる終わり方であった。
この記事の中でご紹介した本
評伝 石牟礼道子 渚に立つひと/新潮社
評伝 石牟礼道子 渚に立つひと
著 者:米本 浩二
出版社:新潮社
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