イタリア・ファシズムを生きた思想家たち クローチェと批判的継承者 書評|倉科 岳志(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月22日 / 新聞掲載日:2017年5月19日(第3190号)

イタリア・ファシズムを生きた思想家たち クローチェと批判的継承者 書評
知の巨人の全体像を把握する 困難な課題に果敢に挑戦

イタリア・ファシズムを生きた思想家たち クローチェと批判的継承者
著 者:倉科 岳志
出版社:岩波書店
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ベネデット・クローチェは、美学、論理学、歴史学などの人文科学を統合する哲学体系を打ち立てた知の巨人である。扱う領域は極めて広範囲に及んでいるが、生涯を通じて文芸批評家という一面を持ち続けていた。そのため、クローチェ自身、年少の友人プレッツォリーニに、自分が哲学について発言すると、アカデミズムの世界の人びとからは文芸批評家が専門外の哲学のことに口を挟んでいるというふうに見られてしまう、と漏らしているほどである。クローチェのような存在は学問の専門化が進んだ今日から見ると驚異的で、クローチェ研究はどうしても彼のある一面を扱うことになってしまう。しかし、我が国のクローチェ研究を先頭で牽引している倉科岳志氏は、クローチェの全体像の把握という困難な課題に果敢に挑戦している。それは素手で巨熊に立ち向かうような無謀な試みにも思われるが、氏には類まれな語学力という裏付けがある。渉猟した一次史料、二次史料の膨大さと読み込みの深さには圧倒される。

クローチェを研究するためには、知識や教養においてクローチェに近づくことが要求され、それだけでも気の遠くなるような話であるが、本書において倉科氏はクローチェを軸に据えながら、考察の対象を彼の批判的継承者ともいうべき、歴史家ヴォルペ、マルクス主義思想家グラムシ、民俗学者デ・マルティーニなどに拡げている。第四章、第五章においてグラムシがクローチェを批判的に吸収することによってどのように自己の思想の構築に努めたか、精緻な分析を試みている。この氏の真摯な姿勢は、私には獄中でクローチェの思想と切り結んだグラムシの苦闘と二重写しに見える。私がクローチェやグラムシについてもっと深い理解を持っていたら、この部分はさらに興味深く読むことができたはずで、こちらの勉強不足が残念だった。第七章ではイタリア南部の呪術の問題を扱ったデ・マルティーノを取り上げ、彼がクローチェやグラムシの思想をいかに取り入れて自己の学問を打ち立てたか、論じている。この章の存在によって、本書はいっそう厚みを増している。

この本は読む人の知識や関心によって多様な読み方が可能だが、氏が取り上げた思想家たちの中で特に私を惹き付けたのはヴォルペという忘れられた歴史家である。クローチェとヴォルペの歴史観、歴史叙述の違いがくっきりと浮き彫りにされている。クローチェがその『イタリア史』において指導階級、エリート層を中心にイタリアの歴史を描いているのに対して、ヴォルペはイタリアの大衆、ひいては外国や植民地に移住したイタリア人にも目を向け、クローチェが語らなかった社会の動きを叙述している。クローチェが1915年で『イタリア史』の筆を置き、その後台頭するファシズムには批判的だったのに対して、ヴォルペはその後のイタリアについても筆を進め、ファシズムをリソルジメント(イタリア統一運動)の継続、完成と捉え、国民の利益を追求する人民の革命と規定している。しかし、そのヴォルペもファシズムの思想統制やムッソリーニの個人崇拝、ナチス・ドイツに同調した人種政策には反対で、最後にはこれと袂を分かっている。

ヴォルペがすごいのは大戦後の態度である。一九四四年にはファシズムに加担したことで大学を追われ、四五年にはリンチェイ・アカデミーから追放されているが、その後も孤独の中で黙々と研究を続行し、全三巻からなる大著『近代イタリア』をものしている。ヴォルペは、第一次大戦の混乱したイタリアにはファシズムが必要であり、多くの人が期待を持ってこれを受け入れた事実を戦後の人びとに突き付けようとした。倉科氏は、ファシズムを支持したことについてヴォルペには反省も罪の意識もなかったはずで、なぜなら、彼にとってファシズムは道徳的に悪なのではなく、歴史における敗者でしかなかたのだから、と述べ、歴史家として時代と格闘しつつ思索したヴォルペに対し暖かい視線を注ぎ、ファシズムを支持したからといってその全業績を否定することはできない、と結んでいる。この本は倉科氏がクローチェ一辺倒ではないことを我われに理解させてくれる好著である。
この記事の中でご紹介した本
イタリア・ファシズムを生きた思想家たち  クローチェと批判的継承者/岩波書店
イタリア・ファシズムを生きた思想家たち クローチェと批判的継承者
著 者:倉科 岳志
出版社:岩波書店
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