ラカン 真理のパトス 一九六〇年代フランス思想と精神分析 書評|上尾 真道(人文書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月22日 / 新聞掲載日:2017年5月19日(第3190号)

ラカン 真理のパトス 一九六〇年代フランス思想と精神分析 書評
ラカンの問いをはぐくむ思想史的土壌 ラディカルな知の地平を知的理解とは異質なレベルで取り出す

ラカン 真理のパトス 一九六〇年代フランス思想と精神分析
著 者:上尾 真道
出版社:人文書院
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ラカンを知的に理解し、そこから何かを得ようと読み解く作業は、時に内へ内へと閉じていく。ラカンの論が展開している場があまりにラディカルであることによるのであろう、他の知的営みとの結び目が見えなくなり、ラカンの論の中でラカンを論じて終始することになりがちなのだ。そうした営みはおよそ得ることが少ない。ラカンの論に触れることで、本当に何かをつかみ取り、新たな知を拓くためには、ラカンを知的に理解するのではなく、大げさに言うなら、その論の深みを生きるという行為こそが必要となるようなのだ。

『ラカン 真理のパトス』と題された本書は、ラカンが拓いたラディカルな知の地平を知的理解とは異質なレベルで取り出した、行為としての成功例なのではないかと思う。

上尾は、ラカンの論の鍵は、「精神分析実践とは何か」という問い、とりわけ「精神分析家の養成とは何か」という問いにこそあると書いている。いささか狭いとも読みとれる問いの限定だが、しかし、この問いは、もうひとつの課題、ラカンの論を1960年代という知的状況の中で発生機の状態で取り出すという課題とクロスされる時、不思議な豊かさと広がりを生み出すことになる。1960年代という思想史的モーメントと精神分析実践という軸、この二つを交差させることによって生まれてくる知の地平こそ、この本の醍醐味と言っていい。

三つの重要な点が取りだされているように思う。

ひとつは、人間の心的因果性というものに本来的に入り込んでいる「狂気」の意味である。上尾は、ラカンが人間の自由の中心にある狂気を擁護しているとし、ラカンの「人間の存在は、狂気なしに理解されないだけではない。もし自らの自由の限界として狂気を抱えるのでなければ人間の存在でなくなるだろう」という言葉を引いている。1960年代における精神分析の影響の広がりを捉える試みは、1980年代以降、科学主義的な精神理解が失ったものが、いったいどのような萌芽を含んでいたか、そのことをとらえる試みでもあるのである。

二つ目は、真理と知の関係に関する根元的な反転である。知は真理へと近づいていくものではない。真理は知として制定できないものであり、それは「発話の出来事性」として一瞬現れては逃げ去るものである、とする。ここで論じられているのは、真理とロゴスのずれ、真理と知のずれである。人間の知的営みの基底には、真理と知のずれという事態が横たわる。これは、ラカンにおけるロゴスの位置づけの問題でもある。ラカンにとってロゴスは「世界に差異を刻むナイフ」であり、このナイフによって、主体と環世界の想像的な調和が破壊され、人間は、享楽から疎外されたものとなるのである。   

三つめは、知は欲望とどうきり結ばれているか、いわば知の倫理という地平である。これは、知そのものが湧き出る場を照らし出す問いである。この問題は「分析家の養成」という最初の問いへと私たちを戻す。あらゆる養成制度、知的伝達組織の持つナルシシズム的幻惑の問題を、精神分析家の「孤独」という視点、あるいはラカンのマゾヒズム論を導きとして論じている。

いずれも、1960年代にラカンが論じた対象aという概念、まさに1960年代のラカンのカギ概念をめぐっての論考となるのだが、ラカンの論を、前期、中期、後期に分けて理解しようとするのではなく、この三期を貫く論の構造そのもの、問いが目指している地点そのものを浮かび上がらせる仕組みになっていて、閉じることのない、開いた営みと言えよう。

科学が欲望と結びついて人々の生活を翻弄する、今日のハイパー資本主義の世界状況を捉えるためにも、人間の知が発生する場そのものを照らし出す本書の営みは、貴重な可能性を拓いていると思う。
この記事の中でご紹介した本
ラカン 真理のパトス  一九六〇年代フランス思想と精神分析/人文書院
ラカン 真理のパトス 一九六〇年代フランス思想と精神分析
著 者:上尾 真道
出版社:人文書院
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