評伝 田中清玄 昭和を陰で動かした男 書評|大須賀 瑞夫(勉誠出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月22日 / 新聞掲載日:2017年5月19日(第3190号)

評伝 田中清玄 昭和を陰で動かした男 書評
「国士」という言葉を想起 
行動の根本にあるのは、日本のためになるか

評伝 田中清玄 昭和を陰で動かした男
著 者:大須賀 瑞夫、倉重 篤郎
出版社:勉誠出版
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正直なところ、本書を読むまでぼくが田中清玄について知っていたのは、政財界で蠢く大物ということだけだった。

この本の中には波乱に満ちた田中の人生が詰まっている。田中の始まりは左翼活動家である。戦前武装共産党の委員長として日本に共産革命を起こすために動いた。その後、獄中で転向し、戦後は反共産主義活動に注力する。

彼のエピソードは枚挙にいとまがない。土建業を起こし、占領軍と渡り合い、電源防衛隊を組織化。終戦直後に昭和天皇に謁見し、今後の見通しを伝えている。また山口組の田岡一雄とは親交を結んだ一方、同じ“右翼”として見られることの多い児玉誉士夫とは対立。彼の息の掛かった東声会の組員から狙撃され、あやうく命を落としそうになる――。

また、彼の動きは国内に留まらない。アラブ王族やハプスブルク家の後継者との関係で日本のエネルギー確保に奔走する。彼の行動の根本にあるのは、“右”や“左”ではなく日本のためになるか、である。今ではかび臭くなった「国士」という言葉を想起させる。

田中については「田中清玄自伝」という本がすでに存在している。今回の「評伝 田中清玄」の著者はこの〈自伝〉の聞き手である大須賀瑞夫である。

〈自伝〉の取材の際、真偽のはっきりしない話が多数あったという。 

〈田中が国際政治上の大問題や一国の命運に関わる重大事をこともなげに口にしたり、書いたりすることもしょっちゅうだった(中略)しかも厄介なのは、事実その通りだったこともある一方で、明らかに作り話と分かるものや、いまだにことの真偽が判然とせず、謎のままに終わっているものも少なくないことだ〉

人は嘘をつく、というのが取材の基本である。

息を吐くように嘘をつくという病的な人間は問題外としても、人は意識がないままに、自分に都合よく記憶を塗り替えるものだ。また、聞く人を喜ばせるために話を膨らませるということもあるだろう。

取材というのは、砂金取りのように雑味を取り除いて、“本当らしい”証言を集めていくことだ。そのために“裏をとる”という作業が必要となる。つまり、別の角度から信憑性を測るのだ。

しかし、田中清玄のような桁外れの“怪物”の場合、裏を取ることが非常に難しい。例えば、昭和天皇への謁見については、もう一人の当事者、昭和天皇に確かめることは不可能である。また、田中は子どもの頃から法螺話に長けていたようで、〈自伝〉に書いてあることの九割は嘘、自己顕示欲の塊だと田中を評する人間もいた。

そんな中、大須賀は多くの証言者、資料に当たり、田中の足跡を追っていく――。

エピローグで大須賀はこう書いている。
〈江戸時代の脚本作家・近松門左衛門が唱えた芸術論に「虚実皮膜」という言葉がある。事実と虚構がせめぎ合う微妙な狭間にこそ、芸術上の真実があるというほどの意味だが、彼の場合には嘘や壮語や法螺話と事実の落差にこそ、もう一つの真実が潜んでいるような気がして再び田中清玄の本を書こうと思い立った〉

田中は戦中戦後の混乱期を駆け抜けてきた男である。作品の完成度を考えれば、もっと劇的に描くことは可能だったろう。しかし、大須賀の筆は敢えて踏みとどまる。そこからは戦後の日本に大きな影響を与えた田中の姿を可能な限り正確に残したいという、ジャーナリストとしての真摯な思いが感じられる。
この記事の中でご紹介した本
評伝 田中清玄   昭和を陰で動かした男/勉誠出版
評伝 田中清玄 昭和を陰で動かした男
著 者:大須賀 瑞夫、倉重 篤郎
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
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