沈黙の詩法 メルロ=ポンティと表現の哲学 書評|加國 尚志(晃洋書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年5月29日 / 新聞掲載日:2017年5月26日(第3191号)

沈黙の詩法 メルロ=ポンティと表現の哲学 書評
良質な哲学研究 晩年のメルロ=ポンティ思想をどう解釈するか

沈黙の詩法 メルロ=ポンティと表現の哲学
著 者:加國 尚志
出版社:晃洋書房
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加國尚志氏の書くものを見ると、いつも、本当に良質な哲学研究というのはこうでなくては、という確信のようなものが起こってくる。メルロ=ポンティであれ、ハイデガーであれ、はたまたシェリングであれ、氏はその片言隻句までも網羅し、読み込み、時にその哲学者の流儀を行きつくところまで延長してみたり、行間に言わんとしたことを浮かび上がらせてみたり、ついには、あり得たかもしれない可能性までも引き出してしまったりするのである。本書には、そうした氏の二〇〇四年から二〇一一年までに書かれた十一編の論文が収められており、そのいくつかは評者も折にふれて読んできたが、あらためてこう勢揃いしてみると、実に圧巻である。

序言で「私にとっては、一般的な読者がいないというよりも、一般的に読者がいないので、読みやすさを求める方々には本書はおすすめできない」と、ユーモラスな口調で語られているように、本書には、哲学のテクニカルターム、個々の哲学者に特有のターム、そしてとりわけ圧縮された氏自身の推論がびっしりと並んでおり、たしかに読みやすくはないけれど、そこには衒学も恣意も見られない。必要に応じて知を補給しながら、ゆっくりと行論を追うような哲学徒にとっては、これほど得がたい書物も多くはないだろう。

全体としては、晩年のメルロ=ポンティ思想をどう解釈するかという問題圏に軸足が置かれているが、そこにはさらに、現象しないものの現象学をどう構成するか、あるいは、「存在者」や「対象」なしに「存在」そのものを描き出そうとする画家たちの試みをどう位置づけるか、そしてそれらを表現するためには、どのような言語が必要になってくるのか…といった問いかけが続き、加國氏の関心事はとどまるところがない。

氏は、各章それぞれが独立した論文として書かれたものだから、どこから読んでもらってもかまわないとしているが、評者としては、何をおいてもまず第七章をお薦めする。ここでは、デリダの『触覚、ジャン=リュック・ナンシーに触れる』(加國氏も邦訳者の一人)が取り上げられ、そこで展開されている晩年のメルロ=ポンティに対するデリダの脱構築的読解を、いわばさらに加國氏が脱構築していくという筋立てになっており、実にスリリングな面白さが隠されている。デリダはいつものように、丹念にテクストを読むのだが、「そのテクストや註釈箇所の選択、強調点の置き方等に、恣意的なとまでは言わないまでも、自説に有利になるような誘導的操作があるように思われる。あえて言うなら、デリダが取り上げないでおくテクストは、デリダが読者に理解させようとしている彼の仮説とは別の仮説が可能であることを示唆するように思われる」と、加國氏は言う。そして同書のタイトルをもじって「デリダはメルロ=ポンティに触れていない」と断じるのである。まさに一本!というところであるだろう。

他にも興味深い言及は満載で、メルロ=ポンティとハイデガーについて論じた第四章と第五章、フロイトや精神分析についても論じた第八章、さらには田辺元のブランショ批判にまで及ぶ第十一章と枚挙に暇はない。

ただ、忘れてならないのは、総題としての『沈黙の詩法』の意味するところであって、それはやはり、こうした全ての事柄を表現する哲学の言語はどうあるべきかという根本的な問題に帰着することになるだろう。思索は詩作に通じ、詩は死にも通じる。言語は増殖し、加國氏は、本書のカバーを描かれた画家である兄上を見習って、あちらこちらにそのエスキスを散種しているが、これをどう育てていくべきか。いつも励ましの言葉を与えてくれた木田元氏も亡き今、「大人の孤独」に戻った加國氏が、再び「ひとりだけの、とてもしあわせな気持ち」(あとがき参照)を味わえるようになるのは、しかし、そう遠いことではなさそうだ。
この記事の中でご紹介した本
沈黙の詩法  メルロ=ポンティと表現の哲学/晃洋書房
沈黙の詩法 メルロ=ポンティと表現の哲学
著 者:加國 尚志
出版社:晃洋書房
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