最愛の子ども 書評|松浦 理英子(文藝春秋)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年5月29日 / 新聞掲載日:2017年5月26日(第3191号)

最愛の子ども 書評
シスロマンス空間から生まれた新・青春小説

最愛の子ども
著 者:松浦 理英子
出版社:文藝春秋
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最愛の子ども(松浦 理英子)文藝春秋
最愛の子ども
松浦 理英子
文藝春秋
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本作は、共学ながら男子と女子クラスに分けられた私立学園の高等部に通う女子高生たちの物語である。第一章「主な登場人物」で配役が定められており、物語の核をなす三人、すなわち日夏はパパ、真汐はママ、空穂は王子様で、一一人のクラスメイトは目撃者という位置づけになっている。掲載された配役表を眺めながら、シェークスピアの劇作を思い起こしたが、いわば実演なき演劇のような小説という趣向である。日夏はパパ、真汐はママながら、肉体関係はなくブロマンス(男同士の友情)をもじっていえばシスロマンスの関係にある。シスロマンスはSister(姉妹)とRomance(ロマンス)を結合させた評者の造語であるが、友情以上・恋愛未満の女同士の繋がりと理解してほしい。この二人の中等部以来の関係に、高等部から第三項=最愛の子どもとして空穂が加わる。彼女は何かにつけ受動性を発揮する女なのでフェム的なキャラクターだが、配役は王子様とされており『少女革命ウテナ』的なひねりが付加されている。こうしてパパ―ママ―王子様のトリアーデからなる疑似家族ができあがる。

通常小説には何が起こっているかを描写するパートと、何が起こったかを語るパートがあり、それらが渾然一体することで物語が進行する。要するに描写と語りという二つの部分が小説にはあるということだが、本作の興味深い点は後者の語りにあり、目撃者である一一人のクラスメイトの妄想により、三人の身に何が起こったかが語られる。いわば一人称複数形のわたしたちがえた見聞により想像力を膨らませる按配だが、単に出来事だけでなく、日夏・真汐・空穂の胸中まで察しながら語られる。つまりクラスメイトにとって三人は感情移入の対象であり、「鑑賞し愛でるアイドル的な一家族という意味での〈わたしたちのファミリー〉」なのである。この語りには作品を重層化して複数の声で語るというポリロゴス的な意味があるが、同時に新たな自由間接文体を作者が試みたと評価していいだろう。

とはいえ文学理論に基づいた頭でっかちな小説ではなく、第二章「ロマンスの原形」、第三章「ロマンスの変容」、第四章「ロマンス混淆」、第五章「ロマンスの途絶」という具合に起承転結が鮮明になったため、青春小説としても抜群に読みやすく構成されている。三人による甘い疼きから、現実の家族との関係性から生じる不穏さや不安定さ、そしてある事件を契機とした日夏との別れ。青春ならではの輝かしい時間が移りゆき、それゆえに何かを喪失するといった青春小説らしい物語が綴られてゆく。松浦文学といえば尖っているイメージがあるが、本作は青春小説の体裁が前面に押し出されている。そこに松浦理英子の円熟の境地と巧みな才知が見出されるだろう。

ところで第五章終盤には東日本大震災への言及がある。これは女子高生の妄想というシミュレーションとリアリティとの邂逅を意味する。しかしながら当該箇所でこのような小説の外部への陳述は「場違い」であると表明される。これは作家・松浦理英子が思わずもらした文学論のような印象を評者はえた。というのは一〇年代の文学を読み進めると、安易なリアリティを求める作品が多々見られるからだ。もちろん個々の作家のテーマ選択にとやかく言うつもりはないし、一〇年代文学を考える上で大震災のインパクトは大きいことは確かだ。とはいえ松浦文学は基本的にエクリチュール・フェミニンであり、これまで男性/女性、あるいは女同士はこうあるべきというイメージを脱臼させてきた。またパパ―ママ―王子様を、日本の現代社会では成立しえない家族の形/関係性とみるのは早計である。これはジュディス・バトラー的なパフォーマティヴな異性愛家族のパロディとして読むべきだろう。デビューして三八年、小説として八冊目の本作は、Xジェンダーとしてのポリアモリーではなく、友愛に満ちたシスロマンス空間から生まれた新・青春小説である。
この記事の中でご紹介した本
最愛の子ども/文藝春秋
最愛の子ども
著 者:松浦 理英子
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
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