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2017年6月6日

「図抜けて変態」までのみちゆき 伊藤 万記

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初めて一人で小説を買いに行った日のことを覚えている。私は十歳で、行き先は家から少し離れたスーパーの中の小さな書店だった。ほしかったのは親に買ってとは言えないタイプの本、つまりエッチな読み物だ。あからさまな肌色雑誌はさすがに買えない。そこで、一見して真面目な感じのレーベルの、それでいて大人向けの内容を含んでいそうな文庫本に焦点をしぼった。

ランダムに棚から抜き出してみるうちに、私はその本を引き当てた。表紙には背後から胸をまさぐられている着物姿の女性と、「新妻」というタイトル。これだと思ってレジへ持って行った。急いで家に帰り、改めて眺めてみてから、あやまちに気がついた。

その本は池波正太郎先生の「剣客商売」シリーズの第六巻だった。「新妻」はサブタイトル。ものすごく失敗したと思ったが、読み始めたら面白かった。しかも、読み込むほどに色っぽい場面がある。「肉置き」などの単語を一つ一つ辞書で引いて妙な方面の語彙を蓄えながら、小学生の私は池波ワールドに引き込まれていった。

それから約二十年を経た今年、女による女のためのR―18文学賞の選考に自作が残り、登場人物の一人について「図抜けて変態」との評をいただけたのは、「新妻」以来のそっち方面における探求が実を結んだものではないかと思う。感慨深い。

少し前まで、私は自分が出版業界に足を踏み入れるとは思っていなかった。学生時代から交流のあった先輩が小説で大きな賞を獲ったときも、すごいなとは思いつつ完全に他人事だった。また、デビュー後の彼の苦労を見るにつけても、作家というのは本当にブラックな、もとい大変な仕事だと感じていた。才能豊かな人ですら大変な思いをするのだから、自分などは趣味として気楽に書いたり読んだりする程度がちょうどいい。そんな私の冷淡な内心を知らず、先輩は、今書いている作品で一発逆転したいのだと切実な抱負を聞かせてくれた。それから間もなく、急病で帰らぬ人となった。
楽園(夜釣 十六)筑摩書房
楽園
夜釣 十六
筑摩書房
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 私は何かに突き動かされるように、先輩が最後に書いていた小説「楽園」のタイトルを継いで、別の新しい物語を書こうと考えた。それも普通のやり方ではなく、複数人による共作に近い形で書きたい。妄念に近いこの計画を、先輩の旧友を中心とする「夜釣りの会」の仲間が支援してくれた。会のメンバーは私を含め十六人であり、第三十二回太宰治賞に「楽園」を応募した際の筆名(夜釣十六)の由来でもある。受賞に至るまでの経緯はここに書き尽くせないが、多くの方々に支えられて今年四月、『楽園』は筑摩書房から刊行された。

とても身勝手な話だが、「楽園」は仲間と共に取り組んだ特別な一作であり、これを送り出した後は個人として書いていこうと応募当初から考えていた。書き手としての私の出発点は、「楽園」以前の、ゆきのまち幻想文学賞だと思っている。それから一年後の今春、R―18文学賞から再スタートできたのは幸運だった。友近賞の受賞の連絡をくださったのが、新潮文庫で池波正太郎先生の作品を担当されている方だったというのも不思議な偶然である。

今後、商業出版の世界で私はどこまでやっていけるだろう。先のことは分からないが、対価をいただいて書くことの緊張感と楽しさを味わいながら、自分なりに足掻いてみたいと思っている。
この記事の中でご紹介した本
楽園/筑摩書房
楽園
著 者:夜釣 十六
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年6月2日 新聞掲載(第3192号)
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