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更新日:2017年6月9日 / 新聞掲載日:2017年6月9日(第3193号)

第四回 ゼロマラリア賞

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「世界マラリア・デー」(四月二五日)を記念して、特定非営利法人マラリア・ノーモア・ジャパンによって設置された「ゼロマラリア賞」の第四回受賞者に、『マラリア撲滅への挑戦者たち』の著者・南風原英育氏と、その版元である南山舎が選ばれ、この四月二五日、東京・銀座で授賞式が開かれた。同賞は、マラリア制圧のために取り組む個人、団体を表彰するもので、調査研究、情報発信、マラリアという言葉の認知率向上のために尽力した個人など、マラリアに関わるあらゆる分野の個人・団体を対象としている。

これまでの受賞者は以下の通り。第一回(二〇一四年)=公益社団法人日本青年会議所、第二回(二〇一五年)=川本文彦・大分大学名誉教授、第三回(二〇一六年)=小林潤・琉球大学教授。
今回受賞作となった『マラリア撲滅への挑戦者たち』は、日本で最後まで残った「戦争マラリア」と、その後のマラリア制圧の沖縄県での取り組みを詳細に描いたドキュメントである。

マラリアというと、海の向うの国で起きている病いであり、日本人には無縁のものだと考えている人がほとんどだろう。しかし、わが国においても、一九六〇年代まで、八重山諸島ではマラリア罹患者が多数存在し、甚大な被害を与えていた。

たとえば一九四五年調査の報告書によると、当時、八重山郡内では、一万六八八四人の罹患者がおり、そのうち三四六七人が命を落としている。さらに、波照間島(日本最南端の島)に限れば、昭和二〇年、人口一五九〇人のうち一五八七人がマラリアに罹患した。罹患率は九九・七%にも及び、罹らなかった住民は、たったの三人のみであった。結果として、四七七人が死亡した。現在ではリゾート地として有名な八重山群島も、かつては「ヤキーの島」と呼ばれる悲劇の島であった。体が焼けつくような高熱を発し、最終的には死に至るマラリアから取られた名称である。

本書は、八重山群島におけるマラリア撲滅に生涯を費やした、黒島直規を中心に、その活動を丹念に追う。マラリアの原虫を媒介する蚊の幼虫であるボウフラ、この徹底的な排除からはじめ、屋内への薬油散布、水面へのDDT散布、河川への薬油点滴、蚊の棲息する藪の伐採など、あらゆる対策がこうじられた。そして一九六一年十一月一日、ついに患者ゼロを記録する記念すべき日が訪れる。「ヤキーの島」の汚名は返上されることになった。

現在も世界で五八万人がマラリアで亡くなり、子どもの三大死亡要因のひとつである。結核・エイズとならび、世界三大感染症に認定されている。世界人口の約半分に、罹患のリスクがあり、年間罹患者は二億人を超えている。本書は、マラリアと人間との闘いを知るうえで格好の一冊である。
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