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更新日:2016年7月29日 / 新聞掲載日:2016年7月29日(第3150号)

いくつもの逆説の知的刺激


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宇野 弘蔵著『経済原論』

本書は、今年一月に岩波文庫におさめられた。発売されて半年たたないうちに重版されている。これにさきだち一九六四年に岩波全書版で発刊されて一八万部ほどが刊行されていた。その前身の旧『原論』といわれる上下巻本は、一九五〇―五二年に発刊され、あわせて一四万部ほどの読者をえている。社会科学の理論書としては、まったく異例のロングセラーであり、六〇年余の時代の変遷をこえ現代の古典として読み継がれている名著である。その魅力の秘密はどこにあるのか。いくつもの逆説の知的刺激もありそうだ。

われわれの生活している社会の基本は、資本主義市場経済におかれている。そのしくみと運動の原理を、歴史的な特性とあわせて体系的に解明した、社会科学最大の古典は、マルクスの『資本論』である。その膨大で、未完成なところもある複雑な理論展開に、宇野は生涯をかけて検討を加えつつ、学び、その理論のエッセンスを、量的には一〇分の一に満たない簡潔な著作に集約してみせた。本書の魅力のほとんどは『資本論』に由来し、『資本論』への最良のガイドブックをなしているのだが、その要約と位置づけに優れた独創性が逆説的に発揮されてもいるのである。

実際、本書は、『資本論』を経済学の原理論として純化完成することにより、社会科学としての経済学の体系全体を、原理論とそれを基準とする資本主義の世界史的発展段階論と、世界や日本の現状分析との三次元に整理する宇野三段階論の方法論的基礎を示す意義も与えられている。その文脈において、一九世紀中頃までのイギリス社会にみられた歴史的発展傾向にそって、資本家と賃金労働者と土地所有者との三階級からなる「純粋の資本主義社会」を想定し、その内部にくりかえされる経済法則を解明することを経済原論は課題としていると述べている。

にもかかわらず、本書は逆説的に、「純粋の資本主義社会」の内部のみに理論的考察を限定してはいない。むしろ『資本論』に学び、資本主義の基礎をなす商品経済の諸形態は、古代以来、共同体と共同体のあいだの交易関係として発生し発達していたことを重視している。それに対応して、人間が営む労働生産過程やその社会的反復の諸条件には、共同体諸社会にも通底する経済原則が認められることも明示している。それによって、資本主義経済が、労働力を商品化する社会関係を前提に、労働生産過程の経済原則を、共同体社会にとっては外来的な商品経済の諸形態により全面的に組織する特殊な経済社会を形成していることが明確にされている。

その発想は、『資本論』の難問をなす労働価値説の論証と展開にも、恐慌論の整備にも役立てられ、労働力商品化の意義とそこに内在する無理を原理的にあきらかにする視座につらなっている。新自由主義のもとで、資本への社会的統御が除去されて生じている、生活の不安定、格差再拡大、デフレ脱却の困難が、資本主義のほんらいの作動原理とどう関わるか。本書がいまだに読者をひきよせるのは、現代資本主義の逆説的逆流の作用によるところもありはしないか。
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