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更新日:2016年7月29日 / 新聞掲載日:2016年7月29日(第3150号)

「物語」を信じることができた作品


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ブエノスアイレス午前零時

見えてきたのは、男の横顔と背後に降りしきる雪である。そして、かすかにだが、崩れ壊れるようなタンゴが、聴こえてきたのだ。

いつも小説が生まれる時、あるワンシーンと音楽が浮かんでくる。二〇代後半の男の俯き、鬱屈した横顔と、その後ろに斜めに激しく降る雪の様に、一体なぜ自分はそんな断片を想うのか、と心の底に耳を澄ます。自らの停滞と生の不調和、悲しみ、孤独、頽廃……。それらがいつのまにか堆積し、表面張力を起こして零れた瞬間、タンゴの破壊者といわれるピアソラのバンドネオンが聴こえてきたわけである。

第119回芥川賞を受賞した「ブエノスアイレス午前零時」には、一度もブエノスアイレスの地は出てこない。新潟と福島の県境にある、寂れた温泉地のホテルが舞台で、主人公の男は温泉卵を茹でることがメインの仕事。前職は東京新橋の広告代理店で、最先端の映像を扱っていた男でもある。いわば落ちぶれて、今日、明日を惰性でしのいでいるのだ。

主人公カザマを生んだ作者としては、彼の気怠い日常と地軸を狂わしてくれるような他者が必要だと思った。誰でもいい。カザマをさらに頽落させても、救ってもいい。日常に亀裂を入れる他者――。そこで、現れたのがダンスのパックツアーでホテルにやってきたサルビア会会員の一人、ミツコという老女なのである。

夏目漱石が芥川龍之介に小説の秘法を授けた、「牛のように押すのです」というフレーズ。登場人物を統御していたら駄目だ。鈍重にただ静かに押してあげればいい。人物が勝手に動き出す。然り。認知症を患い始め、しかも盲目である老女ミツコが、カザマの前に現れたとたん、すべての人物が呼吸をし始めた。自分の足取りで、それぞれの人生のステップを踏み始めたのである。

事実か妄想かもわからぬミツコの若い頃の話――ブエノスアイレスに恋人がいたという彼女の物語は、時間の遠近法が破綻していて、周りの者たちには理解されない。だが、唯一カザマだけが、ミツコの物語をあえて誤読して、共有し、生きる糧にするのである。悲しく激しい過去を持った盲目の老女と、生活に倦んだ三〇手前の男が、抱き合ってタンゴを踊るラストのシーンを、陰惨ととらえるか、美しいととらえるか。むしろ、陰惨な美こそが、壊れたタンゴのリズムを欲したのだ。

この小説を書き上げた時、私はようやく「物語」というものを信じることができるようになった。他者の物語も、自分の物語も、あるだけでいいのだ。また、この作品が読み手の方々によって、様々に表情を変え、違うタンゴを奏でるのも、もう一つの新たな物語であると確信している。

つまり、私は、人間が好きになったのだ。
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