ポスト・ケインズ派経済学 書評|鍋島 直樹(名古屋大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年6月26日 / 新聞掲載日:2017年6月23日(第3195号)

ポスト・ケインズ派経済学 書評
ポスト・ケインズ派経済学の潜勢力 
〈主流〉と〈異端〉の現代的位相を精察

ポスト・ケインズ派経済学
著 者:鍋島 直樹
出版社:名古屋大学出版会
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ケインズの「前」よりもその「後」のほうが難しい。

ケインズはケンブリッジ学派の始祖マーシャルの高弟であり、若くして『エコノミック・ジャーナル』編集長を務め、まさにその当時の新古典派の「頂点」にいた人物。その「前」があるからこそ、『一般理論』にもとづくケインズのマクロ経済学は世界中の経済学者に甚大な影響力をおよぼし、「ケインズ革命」と呼ばれてきた。だがケインズ「後」のケインズ派は一様でなく、主流派経済学との理論的・思想的距離、ケインズ経済学の理解・含意、その「発展」の方向性について多様な解釈が存在してきた。ミクロ的基礎で再構築されるマクロ経済学は方法論的にはケインズの「マクロなきミクロ」となり、本書副題「マクロ経済学の革新を求めて」はこうした批判的意識から導かれている。1970年代以降のケインズ主義から新自由主義政策への路線転換は、金融・通貨危機、所得格差や貧困問題を深刻化させ、金融・雇用両面で資本主義システムに内在する根源的な不安定性の弊害を広く知らしめた。ポスト・ケインズ派が呼称する「金融化(financialization)」の進展と「金融支配型資本主義」への構造変化をどうみるか。21世紀の今日、ポスト新自由主義時代の資本主義(像)もまた強く要請されている。

こうした二重の錯綜した理論・政策的問題にいかに対峙すべきか。本書は「ポスト・ケインズ派経済学」の主要な源泉であるケインズ、カレツキそしてミンスキーらの学説に焦点をあてながら、その全体像と当該学派の潜勢力をあきらかにするという難題に挑んだ作品だ。著者の鍋島氏の既発表論文をベースとして新たな装いのもと刊行された当該本書は、氏自身による学史研究の現時点での集大成。国内外の専門文献を幅広く活用し、脚注も最新成果で隅々まで裏づけられる。序章「正統派経済学への挑戦」によれば、ポスト・ケインズ派は1970年代以降、主流派経済学に抗し「代替的な経済理論の構築に向けて全精力を傾けてきた」(2頁)。その学問的姿勢は氏自身のものでもある。

主流派批判と代替的な政治経済学的ヴィジョンという共通「点」が上記の三者を「線」で繋ぎ、そして1つの学派としての「面」を構築する。これは経済学史という方法によってのみ可能である。次の3点に着眼したい。

1つは、主流派経済学との理論・方法論上の「差異」をめぐるポスト・ケインズ派の独自性に関わる。著者は当該学派の諸特徴として、価格形成、貨幣と金融、インフレとデフレ、所得分配、そして経済成長の5つを列挙しているが(第Ⅰ部第2章)、第Ⅱ部のタイトルを鑑みても、「貨幣と金融」についての貢献がコアだろう。市場機構にもとづく経済体系の「自己調整派」の見解が支配的になってきている昨今、ケインズ自身を含む「『自己調整否定派』の諸潮流は、今まさにその真価と存在意義を問われている」(93頁)からだ。

ケインズ理論の性格を彼自身が「生産の貨幣理論」と定義したように、それは(新)古典派のセー法則、古典派の二分法・貨幣数量説が想定する「貨幣の中立性」を棄却し、流動性タイムマシンである貨幣に対する無限の欲望を象徴する「月」を人々が欲するために「失業」が生じうる(第4章)。ケインズの経済学は正真正銘の貨幣的市場経済論であり、そのことはポスト・ケインズ派固有の特徴である「歴史的時間」や経済社会の直面する「根本的不確実性」を重視する姿勢とも合致する。貨幣(金融)が実体経済を究極的に規定する要因にほかならず、「短期においても長期においても経済活動水準の決定において有効需要が重要であるという見解は、ポスト・ケインズ派に独自のもの」(57頁)であり、カレツキのマクロ経済学の核心的論拠でもある(第11章)。この点の含みは、賃金・価格の「伸縮性対硬直性」というミクロ的観点から失業問題を扱うマンキューらニュー・ケインジアンとは全く異なっていることであり(ケインズ『一般理論』は新古典派の特殊理論ではない)、近年の主流派マクロ経済学であるニュー・コンセンサス理論も依然として「古典派の二分法」的思考を堅持し、ポスト・ケインズ派が否定する一義的な(ヴィクセル的)自然利子率の存在、財政政策の有効性や所得政策の是非などにおいて、両派は顕著に対立している(第5章)。貨幣経済と実体経済との相互干渉を常態とする資本主義経済の根源的不安定性を解明することがケインズの「問題」であり、そのことが貨幣経済・有効需要理論としての「マクロ」経済学を要請した。ポスト・ケインズ派はその理論的遺産を明確に引き継いでいる。

その遺産を資本主義経済における「金融不安定性仮説」として提唱したミンスキー学説の意義が2つ目だ(第6章及び第Ⅲ部)。ミンスキーによれば、資本主義経済に本来的に内在する根源的不安定性は資本主義的な金融慣行に起因するものであり、「投資を核とする景気循環理論」と「金融的な投資理論」を得るための基礎理論として彼の金融不安定性仮説は存在している。それゆえミンスキーは自身を「金融的ケインジアン」と規定する(173頁)。安定性が不安定性を生み出すという「ミンスキーの逆説」的理解は、金融市場におけるプロの投機家同士による合理性の追求がいわゆる「美人投票」投機(論)を介してさらに不安定性を助長しうることを論じたケインズの経済ヴィジョンと呼応している。貨幣(金融)によって存立している資本主義経済はそれみずからが不安定性を生み出す本質的欠陥を抱えているため、「抑止的システム」としての制度的仕組みや政府・中央銀行による適切な政策介入が不可欠であり、多様な社会的諸制度の存在と機能がシステムに「暫定的安定性」をも創出している(186頁)。こうした「金融的動学」と「制度的動学」の両面にもとづく長期的で歴史的な構造変化(進化)の理論を有していることこそミンスキー理論の顕著な特質をなす。マルクス学派やレギュラシオン学派、社会的蓄積構造(SSA)学派など、主流派批判を担う異端派との有機的統合を推進する数多くの研究が試みられていることは、ミンスキー理論の高い潜在性を示唆していよう。

著者自身の研究の出発点をなす人物の一人であり、「現代資本主義の諸問題に立ち向かうための潜勢力を内包している」(238頁)と評価されるカレツキの経済学とヴィジョン(第Ⅳ部)。カレツキは、古典派とマルクスの政治経済学の伝統を汲み、分配理論と不完全競争理論にもとづく有効需要理論と独自の景気循環理論(投資の「金融」的側面やケインズより「信用の利用可能性」を投資決定要因として重視した側面、そして社会を構成する階級・権力諸関係に焦点化した「政治的景気循環」理論)を構築した。「経済政策形成に対する政治的・社会的制約の存在」(235頁)をコアに置くカレツキ資本主義論の深化は、「市場か国家か」という経済学における二分法的思考様式を脱し、ミクロとマクロの新たな統合を探究するための有力な武器を提供してくれる。3つ目のカレツキの遺産も決して見落とせない。終章で説かれるように、ケインズとカレツキのなにをどう超えていけるか、われわれに残された宿題は重い。

20世紀社会主義が失敗し新自由主義の限界も叫ばれるなか、人類が進むべきはある種の資本主義のみか、それを超えうる新たな社会経済秩序が可能か。氏のいう株主主権型企業からステークホルダー重視の企業統治変革論はその文脈でどう位置づけられるのか。主流と異端のせめぎ合いのなかで研鑽を重ねてきたポスト・ケインズ派の潜勢力は、経済危機を「自らのアプローチを鍛え上げていくための好機」(307頁)としてより活かしうるかが鍵だ。その鍵こそ未来の扉を開く。本書は長年の研究成果を集約し、「競合的」学派から「共創的」学派への視界を切り拓く「歴史としての現代」経済学批判の渾身作である。
この記事の中でご紹介した本
ポスト・ケインズ派経済学/名古屋大学出版会
ポスト・ケインズ派経済学
著 者:鍋島 直樹
出版社:名古屋大学出版会
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