能・狂言の誕生 書評|諏訪 春雄(笠間書院)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年6月26日 / 新聞掲載日:2017年6月23日(第3195号)

能・狂言の誕生 書評
排除せずに融合する 
日本文化の本質を教える一冊

能・狂言の誕生
著 者:諏訪 春雄
出版社:笠間書院
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能・狂言の誕生(諏訪 春雄)笠間書院
能・狂言の誕生
諏訪 春雄
笠間書院
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本書の魅力は、中世が日本文化の一大転換であり、日本独自の文化が中世に誕生したことを、これまで不明であった能と狂言の成立過程を初めて解き明かすことであきらかにしているところにある。

十二世紀から十三世紀、東アジアは激動の時代を迎え、中国や朝鮮で古代が終った。その影響下、日本の古代も終わり中世が開始され、日本の文化はその激動のなかで変革をとげた。中世は大陸から文化の波が列島に押し寄せた時代であり、能や狂言の形成を日本の国内だけで説明することは不可能であるとする。

(1)なぜ、能は仮面劇となったのか。(2)主役が亡霊なのはなぜか。(3)複式夢幻能の形式は何をヒントにしたのか。(4)なぜ、冒頭に翁舞を据えたのか。(5)五番立ての上演形式をとるのはなぜか。(6)能と狂言の交互上演の興行方法はどのように成立したのか。(7)なぜ、多くの猿楽座の中から大和四座だけが生きのびたのか。(8)前身の猿楽を誰がいつどこで「能」として成立させたのか。

八つの疑問に答えることなしに能と狂言の成立を解明したことにはならないとし、中国大陸芸能との影響関係をみていくことで、これらの疑問を解いていく。

アジアの視点は、長年にわたる東アジア各地の豊富なフィールドワークの体験による研究成果に裏打ちされた、著者ならではの方法である。

日本の中世が精神文化の革新時代であり、大陸から伝わった芸能の延長ではなく、日本独自の精神性に富んだ芸能文化へ飛躍する転換点が観阿弥の「能」であったとする。

応安七年(一三七四)、新熊野神社(東山区)で、観阿弥、世阿弥父子が将軍足利義満の前で、観阿弥作「白髭の曲舞」を演じた。演技内容は立って舞う「舞クセ」である。これが現在に連なる能が誕生した歴史的瞬間であり、大和申楽だけが当世の中心になっていったのは、観阿弥の取り入れた新風の「曲舞」を「観世の節」として守ってきたためであると結論付ける。

日本固有の「能」の誕生について考えるうえで基本史料としたのが、世阿弥の残した『申楽談儀』をはじめとするいくつかの伝書や、白髭明神や比叡山の由来をしるした縁起類、新熊野神社が所蔵する江戸時代の新熊野神社の古地図などである。

学問は面白い。海外文化の影響という視点を据えて、これまで知られていた資料を読み直せば、新しい風景が開けてくる。資料の読み方ひとつで多くの問いが生まれ、新しい発見につながっていく。著者の手にかかると、能はいつ誕生したのかという学問領域に閉じ込められてしまいそうな問題も、大きな広がりをもって私たちの前に立ち現れてくる。

能と狂言の誕生を通して見えてくるものは何か。日本人は他国の文化の受容に寛大であり、常に新しいものと大事にしてきた在来の文化とを共存させ、独自のものに変えていく。こうやって日本独自の文化を創りあげてきた。排除しないで融合するという日本文化の本質を教えてくれる一冊でもある。
この記事の中でご紹介した本
能・狂言の誕生/笠間書院
能・狂言の誕生
著 者:諏訪 春雄
出版社:笠間書院
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