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更新日:2016年7月29日 / 新聞掲載日:2016年7月29日(第3150号)

竜蔵人気に拍車、その人気の秘密


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岡本 さとる著「剣客太平記」「新・剣客太平記」シリーズ

『剣客太平記』は二〇一一年九月にスタートし、第十巻『剣侠の人』でひとまず幕を下ろした。その後、主人公峡竜蔵の幼年時代を描いた『外伝 虎の巻』が刊行され、竜蔵人気に拍車がかかり、一五年二月には構想も新たに「新・剣客太平記」シリーズの刊行を開始。すでに第四巻まで刊行されており、人気はさらに高まりつつある。

そこで人気の秘密を分析してみた。まず言えることは『剣客太平記』という題名にあると思われる。この題名が池波正太郎の『鬼平犯科帳』と並ぶ人気作品『剣客商売』から想を得ていることは間違いあるまい。時代小説の人気ジャンルである剣豪ものを、“商売”と形容したところに剣術の変遷を時代相として捉えたセンスの鋭さがあった。これが新たな面白さを引き出し、人気につながった。

といっても作者は安易に人気にあやかろうとしたわけではない。想を得ようと決断した時点から、『剣客商売』は越えなければならない険しい山として、作者の前に立ちはだかっていた。そのため作者は物語の設定に心を砕いている。第一に舞台を江戸後期としたことである。剣術が最も実用性を帯びた時代だからである。第二は流派を直心影流に定めたことである。理由は竹刀打込稽古の導入によって直心影流が盛んとなり、その特徴が主人公の人物像をより明確化できると踏んだからだ。例えばシリーズの最大の見せ場ともいえる『剣侠の人』(第十巻)の立ち合い場面を読むとよくわかる。竹刀を交える両剣士だけでなく、審判員、見物衆を含めて、緊迫感溢れる名場面で、凝縮した人間ドラマを堪能できる。剣豪小説史に遺る名場面で、作者の仕掛けのうまさが際立っている。加えて直心影流の歴史や特徴が詳述されており、読みどころのひとつとなっている。

第三は第一巻の冒頭で示される“剣侠”という表現にある。剣に長じ、侠気ある者という意味である。中国の武侠小説で見慣れた表現だが、日本の剣豪小説ではあまり使われない。つまり、“商売”に匹敵しうる表現として作者が仕掛けたもので、シリーズの“肝”となっている。ここには剣術を武士道の支配から解放し、市井の人間ドラマをより深く描いていこうという狙いがある。要するに第一部は竜蔵が“剣侠の人”として心身を鍛練する成長物語となっている。『新・剣客太平記』はその竜蔵の市井人情談という造りになっている。剣術プラスホームドラマという色彩を濃く打ち出しており、新たな物語が楽しめる。

以上が『剣客商売』と対比した場合の特徴だが、その他に峡竜蔵の人物造形がユニークで独特の味わいを持っていることを指摘しうる。竜蔵を取り巻く脇役陣も個性的で配役も考え抜かれたものとなっている。特に初の入門者となる竹中庄太夫の飄々さと、恰好の話し相手となるお才の存在は、会話も絶妙で興趣を盛り上げる役割を果たしている。

ぜひ、この夏は「剣客太平記」シリーズで心地良い涼をとってみてくれればと思う。
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