あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった 書評|川崎 徹 (河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年7月10日 / 新聞掲載日:2017年7月7日(第3197号)

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった 書評
老いを迎える全ての人へ とても穏やかでかつ企みに満ちた小説

あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった
著 者:川崎 徹
出版社:河出書房新社
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たとえば小津安二郎の映画のように、とても穏やかな小説だ。しかし同時に、淡々とした日常にふと虚構が紛れ込む、企みに満ちた小説でもある。

CMディレクターとして一世を風靡した著者は、十七年ほど前から小説の執筆に専念し、以来、二年に一冊のペースで小説を発表し続けている。本書には表題作の書き下ろし長編『あなたが子供だったころ、わたしはもう大人だった』と、二〇〇五年に発表された短編『彼女は長い間猫に話しかけた』の二編が収録されている。表題作は、著者にとって初の三人称小説だ。
『あなたが子供だった頃~』の主人公は一組の老夫婦、平山と、ひとまわり年上のユキコさん。二人は東京郊外のある町に住んでいる。かつて新興住宅地だったその町は、住民の高齢化が進み、新たに移り住む者もなく、空き家が目立つようになっている。二人の家は坂の上の見晴らしのいい場所にあるが、「近頃は急勾配を行くのに懸命で、眺望を味わうどころではなくなっ」ていた。坂のさらに上には、未開発の竹林が残っていて、人なつこいタヌキが住んでいる。

平山は、「見る」人だ。高校生の頃、写真部に所属していた彼は、ユキコさんに「耐用年数の切れた古びた視線」と揶揄されながらも、「見る」ことをやめない。

セピアがかった夕日を背景に、ポストに白い封筒を投函する金髪の女学生を「見る」。「ユキコさんの寝姿や普段のふとした仕草、台所での身ごなしなどに紛れもない老人を見る」。そして、ユキコさんが死んでからもなおその姿を「見る」。

平山は写真部時代に、部員のいない山岳部の顧問だった木川田という教師の、ひとり合宿の様子を撮影した八ミリ映画を、仲間と一緒に制作したことがあった。「木川田」と題されたその映画はフィルム会社主催のコンテストで銀賞を受賞する。しかし、翌年、金賞を狙って制作した「木川田Ⅱ」は、上位八位に入賞するのがやっとだった。「ゼロから考え起こす創作という行為を甘く見ている」。前作を激賞した映画監督は平山たちを叱りつけた。

平山が三十三歳のとき、木川田はヒマラヤで滑落し行方不明になる。創作の厳しさを知り写真に距離を置いていた平山は、木川田がトップクラスの登山家に変貌していたことに驚き、「出し抜かれたような」気持になる。それから三十五年後、木川田の遺体が発見されたことを知って、ユキコさんは言った。「あなたが生きていた間、先生はずっとここで死んでいたのね」

死者はいなくなったりしない。今はない風景も消え去りはしない。それは古い映画のようにその人の記憶に留まり、現在という時間に呼び起こされ、虚実ないまぜに更新され続ける。老いるということはきっと、生きるためのエネルギーが少しずつ過去に向くことなのだ。そしてそれは、濃縮された生身の自分と向き合うことでもあるのだろう。あとは聞き上手な話し相手がいればそれでいい。たとえタヌキでも、猫でも。

短編『彼女は長い間猫に話しかけた』は、親の死をテーマとした、著者の初期の傑作だ。親の死を川崎は繰り返し小説に書いてきた。(『会話のつづき』では蜘蛛になった母親が怒り出す。「親をねたに、あることないこと書き散らかしやがって」)配偶者や主人公自身の死をテーマとした『あなたが子供だった頃~』と併せて読むことで、作家川崎徹の現在地点を知ることができる。ユキコさんが言っていた。「誰かが死んでもまるで他人事で、一年後も自分が生きていることへの疑いなんかゼロだった」

やがて老いを迎えるすべての人に読んでもらいたい一冊である。
この記事の中でご紹介した本
あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった/河出書房新社
あなたが子供だった頃、わたしはもう大人だった
著 者:川崎 徹
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
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