浪花節 流動する語り芸 演者と聴衆の近代 書評|真鍋 昌賢(せりか書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年7月10日 / 新聞掲載日:2017年7月7日(第3197号)

演者の実践の過程を問う態度/方法 
浪花節語りの議論の地平を開拓する

浪花節 流動する語り芸 演者と聴衆の近代
著 者:真鍋 昌賢
出版社:せりか書房
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民俗学や口承文芸学において、近代以降のプロの芸人による語り芸の研究は周縁に置きざりにされ続けてきた。しかし、明治期に形成され、昭和前半期にかけて流行した浪花節については、語り物芸の伝統の系譜に連なるその声のパフォーマンスが、いかに近代日本のモラルを媒介し、「国民」の創出に関わったかを論じた兵藤裕己の先駆的仕事『<声>の国民国家』(二〇〇〇)がある。さらに今回、真鍋が本書によって、浪花節語りの芸の身体が、上演の場や近代的メディアと交渉し、多様なかたちの聴衆を作り出していった過程を追い、新たな議論の地平を開拓した。

本書の特質は、歴史的な事象としての演者の身体や上演の場と仕掛けの動態を、限られた資料からどのように読み解くか、その方法意識に貫かれていることにある。

一九〇七年の桃中軒雲右衛門の大阪での口演に関する新聞批評等から、既存の「浮かれ節」と異なったその上演が「違和感」を抱かれながらも、「壮士風」の風体、演説風など独特の演出により、女性や知識人など新たな聴衆を生み出したことを語る(第一章)。 

さらにSPレコードというメディアと浪花節の遭遇を、二代目奈良丸を通して検討する。必ずしも口演の場を再現するわけではないレコードが、独自の語りのかたちを生み出し、またそれを文字化した速記本などの出版物が流通した。その異質なメディア間の連携過程が「キク・ヨム・マネル」という聴き手の身体を生み出していったことを解き明かす(第二章)。

特に一九二〇年代から活躍し始め、戦時下の一九三〇年代に絶頂を迎えた、寿々木米若に関する分析は、本書の最も読み応えのある部分といえる。米若が「佐渡情話」を創作し、人気のある俗謡「佐渡おけさ」を取り入れ新境地を開き、ラジオそしてトーキー映画など先端的なメディアと関わりながら「語り芸」の上演に対する認識を変更していく過程を追う(第三章)。

本書の後半では、戦時下にも年間二六〇回もの口演をこなし続けたという米若の「演題帳」という資料を駆使する。どこでどのような演題を選んだのか、口演の数字的な記録の向こうに、聴衆の期待と、それに応えようとする演者・米若の姿をあぶりだし、口演の場が、時代状況とメディア環境のなかでどのような位置にあるのか、丁寧に計測する。そうして米若が、総力戦という時代の要請と交渉し、ラジオやレコードなどのメディアを中心とした娯楽産業と交渉し、口演の場の具体的聴衆とどう向き合おうとしていたか、その芸人としての「実践感覚」が浮かび上がる(第四章)。特に戦時下の浪花節の特筆すべき試みであった「愛国浪曲」を取り上げ、それらが生み出されメディアを通して流通し、また上演され聴衆に受け止められていった過程が論じられる(第五章)。義理人情を語る浪曲が、戦時下の「国民の義理」を啓蒙することを期待され「愛国浪曲」は生まれた。しかし聴衆はそれぞれ「自分にとっての意味」を見出そうとしたという。

さらに敗戦を挟んで戦時から戦後へ、米若が転換の時代と交渉しながらどう生き、何を変え、何を変えなかったかが語られる(第六章)。

浪花節を口演する芸の身体が、時代の要請を引き受け、新たなメディアの可能性に挑み、そして目の前の聴衆の期待を担いながら、何と交渉し何を媒介したのか、本書はその動的な過程そのものに注視する。掲げられた「流動する語り芸」とは、浪花節が「国家」を媒介したと説くのでもなく、総力戦に動員されたと単純化するのでもなく、具体的な身体を持った演者の実践の過程をこそ問おうとする態度/方法を示している。

本書は刺激的な浪花節研究であることはもとより、歴史のなかの、芸の身体とメディア、そして聴衆をめぐる動態を議論する際に、どのような資料をどう読み解くのか、今後の大衆文化史研究にとって豊かな実践例となるに違いない。
この記事の中でご紹介した本
浪花節 流動する語り芸  演者と聴衆の近代/せりか書房
浪花節 流動する語り芸 演者と聴衆の近代
著 者:真鍋 昌賢
出版社:せりか書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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