魂深き人びと──西欧中世からの反骨精神 書評|香田 芳樹(青灯社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年7月24日 / 新聞掲載日:2017年7月21日(第3199号)

魂深き人びと──西欧中世からの反骨精神 書評
ヨーロッパ反骨思想の「原史」清貧思想と黙示録をめぐって

魂深き人びと──西欧中世からの反骨精神
著 者:香田 芳樹
出版社:青灯社
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「プロテストする国ドイツ」、このように自国を規定したトーマス・マンは『非政治的人間の考察』(一九一八年)の中で「ドイツの永遠のプロテスト精神」について語る。ドイツは、マンによれば、ゲルマンの古代世界からルターの宗教改革を経て第一次世界大戦に至る二千年にわたって、ローマ的世界、ラテン的精神、物質的文明に対して抗議を行ってきた。勿論、私たちはその後のドイツの歩みを知っている。第二次世界大戦の際に世界に対して「否」の声をあげ、戦後は環境先進国として消費文明に警告を発し、現在アメリカやイギリスを中心に蔓延する保護主義に最も反旗を翻しているのも、やはりドイツであった。

本書においてドイツの文学から考察が始まるのは、決して偶然ではない。中世のみならず、ドイツの文学・思想全般に造詣が深い著者は、まずはセバスティアン・ブラント『阿呆船』(一四九四年)を扱う。「阿呆の大カタログ」は、中世後期の識字率の高まりの中で成立した風刺文学、否それ以上に「抵抗の文学」だったのである。更に、近代において文学を抵抗の武器としたのが、ドイツの劇作家ゲオルク・ビューヒナーであった。なお、この「小さな革命家」も「大きな革命家」と称された現代のレーニンも、チューリヒの小さな通りシュピーゲル・ガッセ(鏡小路)に隠れ住んだことは、実に興味深い。

「蒐集家は抵抗者になれない」。本書が第二章においてハンナ・アーレントに倣いながらシュテファン・ツヴァイクやヴァルター・ベンヤミンを批判的に扱う際、この言葉に行き着く。「良質で優秀なドイツ市民」になるべくドイツの知識人以上に「蒐集」に明け暮れ、本を読み漁るあまり世知に疎くなったユダヤ人は少なくなかった。このような「書痴」は「いいようもない凡庸さ」故にユダヤ人を根絶やしにしようとする野蛮な勢力に戦うことができなかった。「ヨーロッパの蒐集」では、野蛮に、それも理性にひそむ野蛮に抵抗することはできなかったのである。

以上を序論としながら、本書はヨーロッパにおける反骨精神の「古層」に入って行く。その際、香田氏が着目するのは、ヨーロッパ史の強烈な社会改革思想の中核にある「清貧思想」であった。第三章から第六章に至るまで、ヨーロッパにおける反骨者の系譜をめぐる論述は、内面生活の清浄さだけを求めたキリスト教の異端信仰者たち、特に一三世紀の南仏カタリ派を嚆矢とし、同派の末裔であるモンタイユーの農民たちを経て、「霊的な人びと」と呼ばれたフランシスコ会厳格派の清貧者ペトルス・ヨハネス・オリヴィ、それに教皇の絶対的無謬性を思い上がりとして批判した唯名論者ウィリアム・オッカムが扱われる。

「ローマはドイツ人に手を焼く」、この言葉はルターやトーマス・ミュンツァーやカトリック教会の自浄活動に着手したハドリアヌス六世など、ドイツ系の反骨者たちに対する揶揄だが、この言葉で総括されるのが第七章から第九章までであろう。ドイツ・ドミニコ会の最重要人物でありながら異端判決を受けたマイスター・エックハルト、オッカムやエックハルトに傾倒したルター、独自の神智学を唱えたヤーコブ・ベーメが扱われる。そして第一〇章が示すガリレオ・ガリレイは、地動説ゆえに教会から批判された異端者というよりも、二〇世紀にブレヒトによって批判された技術偏重主義者であった。

以上のとおり、本書はヨーロッパ人の反骨精神の「古層」を扱う。その際「ヨハネの黙示録」が影を落としていることを見逃してはならない。オリヴィが死の床で著した『黙示録註解』がカタリ派を勢いづかせ、ミュンツァーの黙示録的終末観によって民衆が過激に扇動され、そうした民衆扇動ゆえに黙示録が正典に採用されたことをルターは誤りと考え、ベーメは黙示録を用いながら世界を理解し、ビューヒナーも黙示録を巧みに作品に取り入れた。そもそも黙示録そのものがローマ帝国のキリスト教弾圧に対するプロテストの言語化である。反骨精神の最古層に「原史」として黙示録があるのではないだろうか。

「死と触れあった魂は自ずと深い」、そう述べる香田氏は、西欧の反抗者たちの系譜を渉猟した後、現代日本における「魂深き人」との出会いで本書を締めくくる。それは石牟礼道子氏とので出会いであった。その日が二〇一六年九月二〇日であると知っている私は、多和田葉子氏や私の研究仲間とともに同席した一人である。それだけに、ヨーロッパにおいて反骨精神の「古層」を培った人びとと同様に、石牟礼氏が殉教者のような風貌をしていたという香田氏の観相学的な感慨は、実に興味深い。「抵抗の文学」の極みでありながら「恐ろしい静けさ」をたたえている『苦界浄土』こそが、かつての「清貧思想」を最も饒舌に現代に甦らせているのではないか。
この記事の中でご紹介した本
魂深き人びと──西欧中世からの反骨精神/青灯社
魂深き人びと──西欧中世からの反骨精神
著 者:香田 芳樹
出版社:青灯社
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