一角札の冒険 (豊子愷児童文学全集) 書評|豊 子愷(日本僑報社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2017年7月24日 / 新聞掲載日:2017年7月21日(第3199号)

一角札の冒険 (豊子愷児童文学全集) 書評
『豊子愷児童文学全集』全7巻
子どもとは人間として最も理想的な存在と考えた豊子愷

一角札の冒険 (豊子愷児童文学全集)
著 者:豊 子愷
出版社:日本僑報社
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豊子愷(ほうしがい、一八九八~一九七五)は一九二〇年代半ば頃から「子愷漫画」と称されるイラストと随筆で絶大な人気を博した芸術家である。豊はまた、高僧弘一法師(一八八〇~一九四二、俗名李叔同)の芸術および仏教両面での高弟としても知られている。

日本で最初に豊子愷の作品を翻訳、出版したのは吉川幸次郎であるが、吉川はその訳書『縁々堂随筆』(一九四〇)の序文で、豊子愷について「私は現代支那における最も芸術家らしい芸術家だと思う。(中略)私は著者のいかにも芸術家らしい真率さを、万物に対する豊かな愛を、更にまたその気品を、気骨を、愛するからである」と述べている(『吉川幸次郎全集』第十六巻、一九九九年)。

この度、日本僑報社から『豊子愷児童文学全集』全七巻(二〇一五~一七)が出版された。豊子愷には夭逝した子どもや養女も含めて計十人の子どもがおり、豊が自らの子どもや一般の児童を題材にした随筆やイラスト、児童のために綴った文章は中国でよく知られている。

豊子愷のこうした作品について、吉川幸次郎は前述の序文で次のように述べている。

 著者のお子さんに対する愛は異常のようであり、また一般の児童生活にも、常に興味と同情を寄せている。(中略)著者の如きは、子煩悩といってもいいようである。しかしよく見ると、著者のお子さんに対する愛には、支那人に特有な無常観、ものを流転の形においてしか見ることの出来ぬ悲しみが、その底を流れている。これはわれわれの「子煩悩」とはちがう。

豊子愷の子どもへの思いは確かに所謂「子煩悩」とは違う。しかし、吉川の言うように、その根底に「ものを流転の形においてしか見ることの出来ぬ悲しみ」が流れているというのも、また違うのではないかと思う。

豊子愷が子どもに「異常」なまでの愛情や共感、崇拝とも言うべき称賛を寄せたのは、単に子ども時代が時の流れとともに移ろいゆく儚いものだからではない。豊にとって、子どもとは「世間の物事に絡みつく因果の網を取り除き、それ自体の真の姿をはっきりと見極める」存在であり、またそうであるが故に子どもは「創造者であり、あらゆるものに命を吹き込むことができる」、人間として最も理想的な存在だったからである(豊子愷「子どもから教えられたもの」『豊子愷児童文学全集』第四巻、日本僑報社、二〇一六)。

豊は、同巻に収録された随筆「子どもたち」でも次のように語っている。  

 天と地の間で最も健全な心の眼とは、子どもだけにある。世間の物事の真相は、子どもだけがはっきりと完全に見極めることができるのだ。彼らに比べたら、わたしの心の眼はすでに世渡りの知恵と世間の苦労で濁ってしまい、傷つけられたわたしは哀れにも身動きできなくなっている。

ここでいう「世渡りの知恵と世間の苦労」、つまり世俗の智慧や煩悩によって心眼が本来の輝きを失うという考えは、豊子愷が仏教を信仰する契機ともなった『大乗起信論』に由来する。その背景に、豊が幼い時から慣れ親しんだ孟子の「赤子の心」や、明末の思想家李卓吾の童心説があることは言うまでもない。豊子愷は、既に心の眼の曇ってしまった大人がその濁りを取り除き、人生の黄金時代である子供時代に戻るには芸術と宗教こそがすべてであるとして、自らそれを実践してみせた。

日本僑報社から出版された『豊子愷児童文学全集』は二〇一一年に出版された中国語版全集(海豚出版社)の翻訳である。児童文学に関する豊子愷の作品が全集の形で出版されることは珍しく、同全集は中国でも評判を呼んだ。翻訳が出たことで、豊子愷の作品が日本でも広く紹介されたのは喜ばしい。しかしながら、当時の中国文芸界や社会状況に関する知識不足と思われる誤訳や、注釈の間違いが散見されるのが残念である。

最後に、日本語版全集の巻末に記載された豊子愷に関する紹介について、一点訂正しておきたい。豊子愷が「子愷漫画」と称される独自のイラストを描くようになったのは、一九二一年に一年弱、日本に留学した折に古書店で偶然目にした竹久夢二の作品に感銘を受けたためである。同全集では、豊は日本留学時に「竹久夢二と親交をもち、大きな影響を受けた」とあるが、豊子愷と夢二の間に直接的な交流はなく、夢二は自らの作品や画風に影響を受けた中国人留学生が後に「中国漫画の祖」と呼ばれるようになり、一世を風靡したことなど、知る由もなかったのである。

第一巻「一角札の冒険」/第二巻「少年音楽物語」/第三巻「博士と幽霊」/第四巻「小さなぼくの日記」/第五巻「わが子たちへ」/第六巻「少年美術物語」/第七巻「中学生小品」
(日中翻訳学院監訳、四六判・一〇八~二四八頁・各一五〇〇円、日本僑報社)
この記事の中でご紹介した本
一角札の冒険 (豊子愷児童文学全集)/日本僑報社
一角札の冒険 (豊子愷児童文学全集)
著 者:豊 子愷
出版社:日本僑報社
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