盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ 書評|巽 孝之(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年8月5日 / 新聞掲載日:2016年8月5日(第3151号)

盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ 書評
これまでになかった立体的 ド・マン像を出現させる

盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
出版社:彩流社
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1983年に没した脱構築批評の中心人物の一人ポール・ド・マンという固有名詞が、2016年の今日においてなお、文学批評の世界に亡霊のように存在し続けるのはなぜか?日本の批評界をリードしてきたアメリカ文学者・巽孝之の新著が、明解な答えを提示してくれた。「ポール・ド・マンにとってアメリカとは何であったか」という問いに答えるべく書かれたこの本が、その目的を果たしたばかりか、亡命者ド・マンを受け入れたアメリカという国の本質までをも見事に浮き上がらせたのだ。

脱構築批評を知りぬいた著者がド・マンの人生の足跡を追うとき、思わぬ方面からのアプローチによってド・マンの人生と脱構築とのかかわりがあぶり出されてくる。コーネル大学教授スティーブン・パリッシュは、戦時中、日本海軍の暗号読解に成功した海軍少佐であるが、そのパリッシュは自分を“隠れ脱構築批評家”と呼んでいたという。暗号解読という行為は、テクストの深層に隠されたものにたいする意識を先鋭化する。とすれば、「戦争こそが、自らの人生そのものを暗号化せねばならぬ主体を生む」ことになり、われわれは一気に、ポール・ド・マンと脱構築の絆へといざなわれるのである。

本書の中には、パリッシュ以外にも、ド・マンをめぐる人物が幾人も登場し、ド・マンとの関係に光があてられるが、その都度、新たなるド・マン像が出現するのはスリリングであった。修辞学への回帰をめざすド・マンが「古典の最大の体現者たるアウエルバッハ」を反復したこと。ヒトラー同様の悪の権化と見なされたアイヒマン、アフガニスタン駐在中に部下に殺人命令を下したティモシー・クドー元アメリカ海軍大佐、イエスキリストを十字架刑とした第五代総督ポンショ・ピラトなどとともに「悪の陳腐さ」への考察がくりひろげられ、隠ぺいされたド・マンの過去が暗示されること。

中でも、ド・マンをニューヨーク知識人のサークルに迎え入れ、アメリカにおける彼の人生の道筋を与えたメアリー・マッカーシーとの関係が重層的にたどられていて興味深い。アメリカに渡ったド・マンが書店の店員から始めて、大学に職を得て批評界に大きな影響を持つようになる過程はある程度知られてはいた。しかし、巽の描くド・マンのアメリカ物語は、時として週刊誌的ゴシップ要素をはさみつつ、読むものを飽きさせない。ドワイト・マクドナルド家に集う知識人の集いに入り込み、その上品な容姿と魅惑的な語りによってメアリー・マッカーシーをとりこにし、他の人々を惹き込んでいく様子の中に、「旧世界ヨーロッパで崩壊してしまった自己を新天地アメリカにて新たに造り上げる」ために必死で人々との関係を取り結ぶド・マンの姿が伝わってくる。

しかし、スキャンダル的読みものとしての面白さに目を奪われていてはならない。本書の神髄は、第二次世界大戦後の世界の様相の中に、ド・マンの脱構築の真の意味を読み取ったことである。ド・マンのシンボル・メタファー批判を全体的統一化の暴力への抵抗と読み取れば、「ド・マンの脱構築理論そのものが、ナチス・ドイツ的全体主義思想への抵抗として読み直せる」と巽は言う。そしてその議論が全体主義について人類初の考察を行ったハンナ・アレントへとつながっていくとき、アレントとド・マンの二人の亡命者のアメリカ参入を助けたのがメアリー・マッカーシーであったことの意味が突然光をおびてくる。

非歴史的であると見られてきた脱構築批評が、これほど歴史的な概念装置であったという洞察は、これまでになかった立体的ド・マン像を出現させる。巽が提示するポール・ド・マンとは、後ろ暗さを抱えてアメリカに降り立った一人の亡命者であり、学会のカリスマ的存在へ登りつめた高名な教授であり、アメリカ的文学批評のアイデンティティをもたらしたモーセであり、そして、墜落した後に生き延びて廃墟から飛び立つイカロスである。

反ユダヤ主義の記事やヨーロッパに妻子を置いたままアメリカで結婚したことなどが暴露されたいわゆる「ド・マン事件」の後、アメリカでのド・マン評価は、極端な拒否と盲目的崇拝のどちらかに分かれていた。そんな中、日本人研究者巽孝之は、どちらの立ち場をとることもなく、事実を事実として見据えた上で、ド・マンの言ったこと(嘘)、やったこと(隠喩的な盗み)を、戦争がもたらした廃墟の中で生き延びるための行為と解読し、歴史の流れの中にただよう一人の人間の姿を示したのである。一方、ド・マンを受け入れ、彼が自己を再創造する場を提供したアメリカは、「全体主義国家の廃墟へいったん失墜したイカロスが、まったくあらたな翼を得て飛翔する」舞台だったのである。いまだド・マンについて十分に語れずにいるアメリカの研究者たちにもこの本を届けたい。生前のド・マンと近かったが故に凍りついている彼らの記憶を解きほぐすきっかけを、本書は提供することになるであろう。
この記事の中でご紹介した本
盗まれた廃墟  ポール・ド・マンのアメリカ/彩流社
盗まれた廃墟 ポール・ド・マンのアメリカ
著 者:巽 孝之
出版社:彩流社
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