雪の鉄樹 / 遠田 潤子(光文社)蘇鉄の家で起こる悲劇  ラスト一行のためだけにあるような物語|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年7月31日 / 新聞掲載日:2017年7月28日(第3200号)

蘇鉄の家で起こる悲劇 
ラスト一行のためだけにあるような物語

雪の鉄樹
著 者:遠田 潤子
出版社:光文社
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雪の鉄樹(遠田 潤子)光文社
雪の鉄樹
遠田 潤子
光文社
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鉄樹とは蘇鉄のことです。葉は鋭く幹は無骨。ヤシの木に似た南国の植物です。雪の似合う植物ではありません。なのに、ふっと『雪の鉄樹』というタイトルが浮かびました。よし、次作はこれで行こう、と。単純です。

前作『アンチェルの蝶』では、主人公の男女は結ばれませんでした。だから、今度は男と女が幸せになる話を書こうと思いました。

雅雪は三十二歳。若白髪で全身に火傷の痕があります。「たらしの家」と言われる曽我造園の三代目、庭師です。もう十数年も、ある少年の面倒を見ています。でも、どれだけ尽くしても少年の祖母には感謝されず、人間扱いもされません。昔はなついていた少年も雅雪の過去を知り、荒れて反抗します。それでも、雅雪はじっと堪えています。

雅雪は真面目で仕事熱心な庭師ですが、人間関係は下手です。ちょっと空気が読めないところがある。我慢強いけれど、かえってそれが周囲を苛立たせることもある。一所懸命やればやるほど裏目に出たりする。おまけに、社会生活を営む上で重大な欠陥がある。生き辛さの塊のような男です。周囲からは、罵られ、憐れまれ、愚かだと叱られますが、彼は一途に望みが叶う日を待ち続けます。

主人公は誰にも関心を持たれず、孤独に育ちました。十八歳の時、そんな彼にも親友と恋人ができます。見事な蘇鉄のある家に越して来た双子の姉弟と関わり、これまで目を背けてきた自分の傷に向き合うのです。でも、立ち直ろうと努力をはじめたとき、取り返しのつかない事件が起きました。その悲劇は多くの人間の人生を狂わせたのです。

この物語に出て来る人は、みな何かを欲して得られなかった人たちです。愛情を欲した者、才能を欲した者。その両方を欲した者。彼らは失意のうちに押し潰されていきます。そんな中、ただ一人、何も望まない男がいます。彼には人間の情というものが理解できません。何も望まないが故に傷つくこともなく、苦しむこともありません。すべての元凶ともいえるサイコパス的人間です。

物語は過去と現在が交錯しながら進みますが、現在の部分はわずか数日です。雅雪が待ち続ける七月七日になにがあるのか? 彼の望みは叶うのか? カウントダウンの緊張感を持たせ、読みやすくなるよう心がけました。作中には庭に関する様々な描写がありますが、ほぼ作者の個人的な趣味によるものです。蘇鉄や釣忍、苔庭、竹垣の魅力がすこしでも伝われば幸いです。

構想の段階で決まっていたのは、タイトルとラストシーンだけです。あのラスト一行のためだけに、『雪の鉄樹』という物語はあるようなものです。読み終えた方に「雅雪、おまえ、よかったなあ」と思っていただけたなら、作者として本望です。

この物語は「おすすめ文庫王国」で本の雑誌が選ぶ文庫一位をいただきました。阿呆な男の人生を認めていただけのかな、と本当に嬉しいです。(四六一頁・八二〇円・光文社)
この記事の中でご紹介した本
雪の鉄樹/光文社
雪の鉄樹
著 者:遠田 潤子
出版社:光文社
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