時をかける少女 〈新装版〉 書評|筒井 康隆(角川書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年7月31日 / 新聞掲載日:2017年7月21日(第3200号)

角川文庫
普通の少女の当たり前の切なさ
筒井 康隆著『時をかける少女』〈新装版〉

時をかける少女 〈新装版〉
著 者:筒井 康隆
出版社:角川書店
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一九六五年、当時発行されていた学年別学習雑誌に掲載されてから五十年超。その間繰り返し映像化されてきたので、おそらくこの作品との最初の出会いは、小説よりも映像作品のほうだった、という人が多いのではないだろうか。

本作は、時間を跳躍する「タイム・リープ」の能力を手に入れてしまった中学三年生の芳山和子におこる奇妙な事件とまぼろしの恋を繊細に描いていく、わずか百ページあまりの短篇である。

「タイム・リープ」を題材に扱う小説や映画はいくつもあるが、登場人物たちは概ね過去を目指す。過去に戻り“やり直し”を試みて、未来を変えようとする。現実の世界では間違え、失敗し、後悔しても、おこってしまったこととその結果は決して修正が叶わない。だからこそ、現在や未来を変えようと奮闘する物語に読者は夢中になる。

和子も例外ではなく、過去へと時間を遡る。今日は明日、昨日は今日に。繰り返す同じ授業、同じ宿題。遭遇する同じ事故。しかし和子は自分におきている変化に戸惑い、怯える。同級生の浅倉吾郎は気が強く、しっかりしているようで実は気が弱くてそそっかしい。もうひとり、一見ぼんやりしているが、落ちついていて頭が良い深町一夫。みな特別なところのない平凡な少年少女の姿そのもので、だからだろうか、読んでいると、彼らの苛立ちや不安が身近なものとして伝わってきて、まるで自分や友人たちの周辺で不思議な現象がおきているように感じるのだ。

金曜日の放課後、理科実験室ではじまった物語は時間を旅したのちに、同じ日、同じ場所へと回帰して終わる。過去を変えてはいけないという約束と、過去は変わらないという現実のもとに。

すべてを打ち明け、彼に関わるすべての記憶を人々から消して未来へ帰っていく一夫に、「あなたを忘れたくないの」と訴える和子の言葉が胸を打つ。自覚したその瞬間に痛みも傷も残さずに失う恋の、言い様のない寂しさが募る。この普通の少女の当たり前の切なさは、思春期の最中にある子どもたちの共感を得ることだろう。そして和子を通して描かれる普通の日常への願いや喪失の痛みは、大人たちにとっては懐かしい。

「きっと、会いにくるよ。でも、その時はもう、深町一夫としてじゃなく、君にとっては、新しい、まったく別の人間として……」

一夫が和子に未来での再会を仄めかしたように、誰かによく似て誰でもない彼らは、誰もが思春期のひと時を過ごす不変の舞台、学園に、時代が変わるたびに名前も姿も変えて、その時々にふさわしい、平凡で理想的な少年少女像に繰り返し再生されて現れる。

『時をかける少女』はそんなふうに、何度も繰り返し、忘却し、未来へと向かう物語だ。かけがえのない思い出を忘れたくないといいながら忘れ、それを許容して生きていくようになる私たちが、時代も世代も超えてある日再会を果たす。そんな、懐かしくも新しい思い出として存在する物語だからこそ、長く読み続けられるのだろう。
この記事の中でご紹介した本
時をかける少女 〈新装版〉/角川書店
時をかける少女 〈新装版〉
著 者:筒井 康隆
出版社:角川書店
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