教団X 書評|中村 文則(集英社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2017年7月31日 / 新聞掲載日:2017年7月21日(第3200号)

集英社文庫
読み手の知的思考を促す手がかりの書
中村 文則著『教団X』

教団X
著 者:中村 文則
出版社:集英社
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教団X(中村 文則)集英社
教団X
中村 文則
集英社
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中村文則のそれまでの執筆活動の集大成的な作品、それが『教団X』だ。

人間とは何か、世界とは何か、そして小説にできることは何かという問いに真正面から挑んだ大作である。

自分の前から姿を消した女性、立花涼子を探して宗教施設を訪れた楢崎透は、教祖の松尾正太郎から彼女はもういない、と聞かされる。以前沢渡という男が数十人の男女を引き抜いてこの施設から姿を消しており、その中に彼女もいたというのだ。沢渡は自ら教祖となったという。その「教団X」とは一体、どんな集団なのか。楢崎と立花、松尾の施設にいる峰野という女性、そして沢渡の教団で秘かに革命を企む高倉という青年という立場の異なる若い男女四人と、松尾と沢渡という対照的な教祖の物語が複雑に絡み合っていく。

著者の作品には、時折「善」の象徴のような存在が登場するが、松尾はその系譜だ。彼自身が「神は本当にいるのか考えてみよう」などと言い、その施設は厳格に戒律を守る宗教集団といった類のものではない。本作の前半は、松尾が語るという形で、神や人間の存在について多角的にとらえるための情報に相当なページ数が割かれている。『リグ・ヴェーダ』から「ひも理論」まで持ち出して、素粒子の集合体としての人間や、脳と意識の関係など、興味深い理論が次々と提示されていく。この部分がやや長いと感じるかもしれないが、これらの知識を踏まえてこそ、後半の松尾の言葉に説得力が生まれるのだ。

一方、著者の作品内の「悪」の系譜に属するのが沢渡だ。彼の教団は快楽志向が強いが、ではなぜそんな集団を作るに至ったのか。かつて医師として途上国を周り、数多くの命を救っていたはずの彼が体験したこととは何か。後半には彼の壮絶な過去も明かされ、現代社会の倫理観を大きく揺さぶってくる。彼のパートで人間という生き物への絶望的な闇が描かれるからこそ、松尾の言葉が帯びる光も強くなる。そして、その光を欲している自分がいる。

確かに松尾と沢渡は対照的な存在ではあるが、決して二極化した価値観の対立を描いているわけではない。また、海外の過激派の集団に関わった高原の手記、かつて松尾が入信していた新興宗教など、他にもさまざまな世界観、人間観が交錯していく。そのなかで発せられる、松尾の「すべての多様性を愛する」という言葉が心に残る。

後半には楢崎たちの行動が複雑に絡まり合い、メディアを巻き込んだ籠城事件も勃発する。翻弄される四人の男女が行きつく先はどこにあるのか。エンターテインメントとしての読みどころも、著者はきちんと押さえていてくれている。

特異なキャラクターたちが登場する波乱に満ちた物語としても惹きつけるが、なによりも読み手の知的思考を促す手がかりの書として、読み応え満点だ。時間をかけて、ゆっくり咀嚼したい一冊だ。
この記事の中でご紹介した本
教団X/集英社
教団X
著 者:中村 文則
出版社:集英社
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