日本資本主義の大転換 セバスチャン・ルシュヴァリエ講演載録・単独インタビュー|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年10月14日 / 新聞掲載日:2016年10月14日(第3160号)

日本資本主義の大転換 セバスチャン・ルシュヴァリエ講演載録・単独インタビュー

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フランス社会科学高等研究院教授セバスチャン・ルシュヴァリエ氏が、九月二十日、東京文京区の東京大学本郷キャンパスで講演会「日本資本主義の大転換」を開いた(社会科学高等研究院日仏財団主催/岩波書店・東京大学協力/日本経済新聞社後援)。モデレーターは実哲也氏(日本経済新聞社)が務め、コメンテータとしては樋口美雄(慶應義塾大学教授)と吉川洋(立正大学教授)の二氏が参加した。ルシュヴァリエ氏の講演を載録させてもらった。また同氏に「アベノミクスの失敗と日本の変化」についてお話をうかがった。 (編集部) 

日本に関する神話

猪瀬 直樹氏
今日の講演は、昨年、岩波書店から翻訳刊行した私の著作『日本資本主義の大転換』に沿ってお話します。この本に関しては、元々もっと大きな研究プロジェクトがあり、そこから生まれたものです。私が所属するSASE(TheSocietyforTheAdvancementofSocio-Economics社会経済振興学会)で取り組んでいる、「アジアの資本主義」がテーマの研究です。私自身、アジアの資本主義研究を通して、このような学術研究をやってきたわけです。もう一点、本題に入る前に申し上げておきます。本書は、グループで書かれた本でもあります。イヴ・ティベルゲン、アルノ・ナンタ、ふたりのサポートと協力なしには、完成しなかったと思います。この場を借りて、謝辞を捧げたいと思います。また、京都大学の新川敏光教授が、私の本の翻訳と全体の監修もしてくださいました。新川教授なくしては、翻訳出版はできませんでした。改めて御礼申し上げます。

本題に入ります。冒頭に申し上げたいのは、日本に関する社会・経済学的な神話についてです。その神話とは、どういうものか。「日本は絶対に変化・変容しない」という神話であり、このことを多くの人々が信じています。実は、これはまったくの間違いである。そのことを、私は本の中でも主張しています。このような神話、誤ったイメージに対して反論するため、三つの視点が重要になると、私は思っています。まず一点目。ミクロレベルとマクロレベル、その両方のレベルを結び合わせ、合体させて考えること。これは吉川洋先生から学んだことでもあります(私は十年前、吉川先生から東京大学に招かれ、その際に、様々なディスカッションをする機会に恵まれました。日本経済についても勉強し、多くのことを教えていただきました。マクロ経済学を批判的・批評的観点から見ること、特に均衡経済に関して、新しい視点を学ぶことができました)。二点目は、歴史家から学ぶということ。経済学者と歴史家は常に議論しながら、理解を深めていくことが重要であろうと私は考えています。これは私が所属している社会科学高等研究院の同僚である、トマ・ピケティ教授から学んだことです。そして三番目としては、政治学者との対話が非常に重要になるということです。政治は経済に大きな影響を与えます。経済は、政治と切り離すことができない。これが私の基本的な主張です。

今回の私の研究の主題は、日本経済に対して以前からある考え方に反論することです。その従来の考え方をひと言で申し上げるとすれば、「関節炎を患っている日本」という言葉で表現できると思います。こうした視点は、主に一九九〇年代初頭から、日本社会に顕著になってきた現象であり、主に米国の経済学者などによって指摘されて来ました。彼らの主張を要約すると、次のようになります。「日本経済が停滞している理由は何か。急速に変化をする環境にうまく適応して来なかったからである」。ここで言う「環境」とは、グローバルかつテクノロジー的環境のことです。そうした外的環境に日本経済が適応できなかったというビジョンに対して、私は反論しようと思ったわけです。そこで「変化・変容」に着目し、考えていくことにしました。主流の経済学では、「均衡」の面に焦点が当てられますけれども、そのような考え方では、「変化・変容」について説明することはできないと、私は思っています。変化に対する理論的枠組みを打ち立てようとした時、私は、次のようなことを自問自答しました。日本経済が変革できない理由は何か。日本経済がアメリカ型のモデルに対して収斂していっていないからである。こうした視点が、本当に真実なのかどうかということです。それを踏まえて、本書の中で私は、三つの問いかけをしております。

第一問目は、変化の現実に関わる問いです。日本資本本主義が一九八〇年代初頭から大幅な変化を遂げたのかどうか。二問目は、変化の方向性についてです。日本資本主義は、アメリカ型のモデルとは別の形態の資本主義に収斂したのかどうか。三問目。これはもっとも議論を呼ぶ内容になっていると思いますけれども、日本における変化、あるいは「非変化」といってもいいかもしれませんが、その原因となったのは何かということです。これら三つの問いに対して、本の中では、ある答えを提示しています。ただし、答えよりも重要なことがあり、それは、どういう方法論で答えを導きだしていったのかということです。どのような「眼鏡」をかけて現実を見るかによって、答えは大きく変わってくるということです。だから、答えに加えて、それを導きだす方法論が重要になるわけです。

私は、ふたりの政治学者、政治経済学者の影響を受けています。ひとりがアメリカ人、もうひとりがドイツ人です。ピーター・ホールとデヴィッド・ソスキスのふたりです。彼らが提唱しているのは、企業レベルでの分析・解析の重要性についてです。私が二番目に受けた影響は、リチャード・ネルソンとシドニー・ウィンター、ふたりの経済学者からのものです。多様性・ダイバーシティの問題、その定義について、彼らは主張しています。そして三番目。ヴォルフガング・ストリークとキャスリーン・セーレンというふたりの研究者の影響を受けています。このふたりの主張は、変化というものは漸進的に生じるということです。実際に変化は起きている。しかしそれは非常にゆっくりとしている。けれども、結果として重大な変化を遂げているという主張です。そして最後に、私に最も大きな影響を与えたのは、レギュラシオン学派のひとりであるロベール・ボワイエです。フランスの規制に関する学説を唱えており、私の指導教授でもあります。

「古典的」日本資本主義

私の研究の最も重要な課題とは何だったのか。制度的な変化に対する機能的なアプローチ、それを超越したところに到達したいということでした。たとえば変化が生じた際、果たして正しい方向への変化なのかどうか。しかもその変化によって物事が改善されているのかどうか。それについて考えることが大きなテーマになっています。なぜならば、時には変化によって、事態が悪化してしまう場合もあるからです。それでは、先ほど紹介した三つの設問に対する三つの答え、私の提唱している結果を紹介していきたいと思います。

まず一点目。日本の資本主義は本当に変化したのかどうか、その変化の実態についてお話しします、私の答えは「イエス」です。日本は漸進的ではあるけれども、ゆっくりと変化を遂げている。それは決してフランス革命のような極端な変化ではなかったかもしれないし、可視的なものではなかったかもしれません。しかし、間違いなく変化は遂げた。では二つ目の問い、その変化の方向性についてはどうか。比較資本主義の観点から説明いたします。日本資本主義はアメリカ的な資本主義に、あるいはヨーロッパ的な資本主義に収斂したのかどうか。それはなかった、私の答えは「ノー」ということになります。日本における資本主義の変化は、あくまでも日本独自の変化であったということです。そして最後の問題、これが一番難しい問いになります。すなわち因果関係に関かわる問題です。変化をもたらしたと考えられる原因はいくつもあります。関係性も非常に複雑です。ひとつ言えるのは、新自由主義的改革が一九八〇年代の半ばから導入された。それが変化の大きな要因になっているということです。私の基本的なプレゼンは以上ですが、ここからは、もう少し詳細に踏み込んで、三つの問題について話をしていきたいと思います。

最初に、「古典的」な日本資本主義とはどういうモデルなのか。その話をします。三十年前、四十年前に遡って考えてみて、「古典的」日本のモデルが、実際にどのような資本主義のモデルだったのか。その特徴を申し上げたいと思います。これが第一の論点となります。二点目。日本資本主義に、大転換が起きたということを話します。この問題に関しては、三つのレベルで考えなければいけません。企業レベル、メゾ・レベル、マクロ・エコノミクスのレベルです。いわゆる「制度的なレベル」で考えていくことだと言っていいと思います。またもう一点、これは経済学者があまりアプローチして来なかったことですけれども、社会的和解という側面から見なければいけないということです。

一点目についてお話しします。「古典的」日本資本主義とは何か。「調整された資本主義である」という言い方が、よくなされます。この意見に関しては、特にそれほど付け加えることはありません。ただし、ここでよく見落とされがちな点があります。以前あった古い日本資本主義は、非常に分権化・断片化されていたということです。たとえば雇用関係や財政的・金融的な関係の面などを、それぞれ細かく見ていくと、各企業が各々、独自のスタイルを持っていたということです。すなわちセグメント化されていたということが、日本の古い資本主義のもうひとつの特徴となります。非常に均衡のとれた資本主義である反面、大きなパラドクスを含んでいたと言えるでしょう。
ここから最近の話に一挙に飛びますが、現在の日本資本主義はどうなっているのか。その話をしたいと思います。今の日本を見て、この数十年間の経緯を理解したいと思います。私のひとつの主張は、資本主義の変化に対して、新自由主義が大きな役割を果たしたということです。

お断わりしておきたいのは、新自由主義に関して、個人的に反対意見を持っているとか、あるいは嫌っているということではありません。「ネオリベラリズム」をフランス語で論じる時には、多くの場合、ネガティブな意味合いを持って語られますが、私はそうではありません。ネオリベラリズムについては、私の本の中でも詳しく定義付けと解説をしていますから、そちらで説明した概念に基づいて話を進めていきます。

簡単な言い方をすると、私は新自由主義に対して、政治的なプロジェクトであると考えています。経済活動あるいは社会活動、様々な活動の中心に市場(マーケット)を据える。それが新自由主義のコンセプトであり、政治的なプロジェクトとして市場が重視される。「ネオリベラリズム(新自由主義)」という言葉を耳にした時、日本の資本主義や日本経済を思い起こす人は、ほとんどいないと思います。頭に思い浮かべるのは、どんな人物か。アメリカのレーガン大統領やイギリスのサッチャー首相だろうと思います。人々が持つそうしたイメージにも関わらず、日本経済の八〇年代の動き・流れを見ていくと、新自由主義が非常に大きな影響を与えていた。それは確かなことだと思います。そこには、ふたつの理由があります。 


新自由主義の萌芽

img_680ひとつは、当時の日本の改革において、目指されたものが自由市場・自由経済であったということが大きい。もうひとつは、改革を正当化するための理由として、技術的な進歩とグローバリゼーションというものが使われたということです。ただし、八〇年代以降の日本の政治あるいは経済の動きに関しては、日本に住む皆さんのほうが、よくご存知だと思いますので、ここでは詳細を省かせていただきます。

重要なポイントを二点だけ、申し上げたいと思います。日本において「新自由主義」と言うと、人物としては、小泉元首相を思い浮かべるのではないでしょうか。これに関しては、いろんな意見があると思いますが、本の第一章でも触れており、ティベルゲン教授と私とは同意見でした。日本における新自由主義は、小泉首相から大体スタートしたと一般的には考えられていますが、実はそうではないということ。これがひとつです。それ以前、実は橋本・小渕政権時代から、新自由主義は既にはじまっていた。もう一点。中曽根元首相を新自由主義者として呼べるかどうかは別にして、新自由主義の萌芽は、中曽根首相時代に見られるのではないか。私はそう考えています。すなわち八〇年代初期・中期ぐらいから、自由化・規制緩和が推し進められる。その下地は中曽根首相時代に出来上がっていたということです。この政治的な背景の詳細についても、皆さんのほうがご存知かと思います。

では、八〇年代半ば頃から導入された政策を、ひと言でまとめるとすれば、どのようなことが言えるのか。非常に包摂的であり、同じ目標を持っていたということです。それは、先ほど申し上げたように、市場を中心に据えるということです。二点目。時系列的に考えていった時、なぜこういった政策が日本で導入されたのか。これが私の本の中で最も議論を呼ぶテーゼのひとつです。ふたつの仮説を提示させていただきたいと思います。この仮説は、部分的にしか事実ではありません。ひとつの仮説は、アメリカからの圧力があったということ。それに関するエビデンスもあると言われていますが、これがすべてではないと、私は思っています。あくまでもアメリカの圧力というのは限定的な理由だった。ふたつ目の仮説です。新自由主義が小泉首相時代からはじまったと考えるのであれば、それは様々な危機に対する解決策であったという見方になります。これも事実ではないと、私は思います。新自由主義は、それ以前から漸進的な形で到来していたということです。そして中曽根首相の時代から、改革の一環として導入されていたということです。そう考えるのであれば、失われた十年に対して、新自由主義がひとつのソリューションであったというような主張は、通らないことになります。私の考えでは、日本の新自由主義は、政治的なプロジェクトであったということです。経済的な危機に対する改革であったり、経済的な主張を孕んだものではなかったということです。そして、この改革の結果は、不均一であった。市場によって様々な差異が存在しているということです。

三つの具体例を紹介します。最初に、金融市場の例をあげたいと思います。このセクターにおける改革は、非常に深くまで浸透しています。日本在住の海外の投資家や銀行家と話していると、改革はかなり深い部分まで進んでいるので、これ以上改革する余地はないと、皆さん言っています。次に様々な物品・商品の市場に関してですが、ここは改革が均一ではないと考えています。市場によって違いが出ているということです。製薬・医薬の業界だけは、規制緩和があまり進んでいない市場だと言えるかもしれません。そして三つ目。労働市場における新自由主義的改革。これについては、あまり賞賛に値するような改革は達成できなかったと考えられます。しかし長期的に見れば、ある程度有効性はあった改革であったことは、間違いないと思います。

不平等について

時間も限られていますから、ここからは「日本資本主義の大転換」の話に移します。三点主張したいと思います。まず企業レベルにおける変化について。これは最も大きな結果を生み出していると思います。たとえば多くの企業において、多様性(ダイバーシティ)が達成されるようになりました。それは企業の生みだす成果のレベルと組織のレベル、双方において多様性が実現したと言えると思います。ただし、この変化は、重要な結果を導きだしてもいます。ひとつは不平等に対してです。この点に対しては、後ほどまた詳しく言及します。

二点目。経済におけるマクロのパフォーマンスのレベルについて、そのマクロ的な影響について申し上げます。企業が多様化し、異質性というものがより受容されるようになりました。けれども、たとえばトヨタのような最も優良な企業、「ブルーチップ」と呼ばれる企業の成果が、必ずしもその産業全体、経済全体に対してポジティブな影響を及ぼさなくなったことも指摘できます。その理由は、企業における「調整」が衰退したことだと考えます。これはトヨタに限ったことではなく、その他の企業にも当てはまることではないでしょうか。過去の事例を見ていくと、トヨタグループの系列会社の中に入っていた企業、たとえばデンソーなどは、トヨタが見違えるような成長を実現したことによって、大きな恩恵を享受しました。そういう事例があります。デンソーはグローバル的にも、この分野では世界トップの企業に成長しています。デンソーに限らず、トヨタグループの中のその他のメンバー企業も、トヨタが大きく成長・発展したことによって、様々な恩恵を享受できた。そこにスピルオーバー効果というものが生じたからです。しかし、そのような親会社と下請け企業の関係、「系列型産業構造」は、今や大きな変化を遂げました。「春闘」についても考えてみたいと思います。春闘というのは完璧なモデルではなかったけれども、賃金の交渉や生産性ということに関しては、調整の面で、幅広い企業、同業セクターに対して影響力を行使できていた時代がありました。けれども現在は、春闘がほぼ崩壊・衰退してしまった。そのことによって、ネガティブな結果が出てきていることが指摘できると思います。

三番目、最後の主張です。不平等に関して申し上げます。一九八〇年代おわりぐらいから、日本においては、非常に幅広く、不平等の現象が起きています。もちろん日本だけではなく、不平等は世界中に広まっています。なぜこれほど不平等がはびこっているのかに関しては、私の同僚のピケティが最も説得的な説明をしています。長期的に考えると、ピケティの言う通りであり、不平等は資本の力学そのものに則っているのだと思います。しかし中期的な視点で考えた時、不平等が日本に浸透していることについて、少なくとも八〇年代の半ばから遡って考えていくと、私はピケティの主張には必ずしも賛同できません。私が考えるに、日本における不平等の問題は、労働市場の変化と福祉の欠如が最大の原因だと思います。日本においては、トップ一パーセントの所得の層、いわゆるスーパーリッチと呼ばれる人たちの出現が、不平等が増大している最大の原因ではない。むしろ労働条件の変化と、今まで中流階級と呼ばれてきた人たちの生活水準に関わる問題だと考えています。

長くなりましたので、ふたつの結論だけ申し上げて、私の話を終わりにします。一点目。過去三十年、四十年の日本経済の状態をずっと見てきて、私が言えるのは、次のことです。日本経済は変革する能力を持っている。そうした日本経済の可塑性が、私にとって最も印象深い点です。二点目。これが最大の問題ですが、日本に生じている不平等に対して、きちんとした定義が欠落しているということです。関連したことですが、社会的な和解がきちんと見えない状態になっている。政治的領域の中で、福祉の欠如の問題があり、グローバルな世界の中での日本の位置づけに関する議論がまったく存在していない。これが最大の課題であると、私は考えます。より広い視点で考えた時に、様々な調整のモデルに関して、私の日本研究から学ぶ教訓が多くあるのではないかと思っています。新聞などで取り上げられていたり、様々な本でも主張されていたりしますが、すべてこの世の中で起きていること、特に経済の分野で起きていることは、グローバル化や技術躍進といった外部環境のみに起因しているのではありません。多種多様で多元的な原因が存在するというのが、私の結論です。したがって社会的な和解を考えた際に、そこに様々な制約を設けるべきではないというのが、私の主張です。ご清聴ありがとうございました。


アベノミクスの失敗と日本の変化 ――セバスチャン・ルシュヴァリエ氏に聞く――

――第二次安倍内閣成立から約四年、第三次安倍内閣成立からも二年が経過しようとしています。今夏の日本における参議院議員選挙は、「アベノミクス」の是非が問われる選挙でもありました。選挙結果だけを見ると、国民に一応支持された形になっています。しかしながら、日本国内外の少なくない論者が、選挙前から「アベノミクスの失敗」を既に指摘しています。ルシュヴァリエさんも、本書序章において、次のように論じています。「日本資本主義の整合性を復活させようとするアベノミクスが失敗に終わるであろうと予想できる最大の理由は、それが日本資本主義の現段階に照応した新しい社会的和解を明らかにしていないことにある」。また、その少し前の箇所には、以下の指摘もあります。「「アベノミクス」それ自体が、新しい成長の道筋を明確にする可能性はゼロに等しい」。現在のルシュヴァリエさんのお考えをお聞かせください。
ルシュヴァリエ
 ふたつのポイントがあると思います。まず選挙に関しては、確かにアベノミクスが承認された、結果だけを見るとそういうことになります。しかし実際に投票率、そして誰が投票したかということを考えていくと、必ずしも「国民」が承認したとは言えないのではないでしょうか。そしてまた、アベノミクスに変わるオルタナティブがなかった。これが結果的にアベノミクスを承認する選挙になった、もうひとつの理由ではないでしょうか。アベノミクスは失敗した、それにも拘わらず、支持する人たちがいます。そのことに関してひとつのコメントを申し上げます。具体的な例、労働市場の観点から言いますと、確かにここ近年、失業率が下がっているという事実があります。ただ、失業率が下がっていることによって、利益を受け取る人もいますが、同時に給料の観点から考えると、実際の賃金自体は上がっていない。一見ポジティブな側面もあり、またそれに付随するようなかたちで、必ずしもポジティブとは言えない側面も出て来ています。どのような人たちが、そうした側面を共有したかによって、選挙の結果も変わって来るのではないか。これが私のひとつの見方です。

短期的なかたちで見るのであれば、確かにポジティブな側面もネガティブな側面も、いろいろ出て来ると思います。しかし中期的もしくは長期的に考えていけば、おそらくもっとネガティブな事態が、様々な場面で生じて来るのではないか。そのことは、私の本の中でも触れていることですから、ここでは繰り返しません。ただ、経済学者としての私の目からアベノミクスを見ると、どうしても単純な経済政策には見えないのです。アベノミクスというのは、むしろ安倍首相の考えている大きな政治的アジェンダのひとつの道具である印象を受けます。そういった観点から見る必要もあるでしょうし、足りない部分やネガティブな部分、考慮していないことも多くあると思います。もちろん私は経済学者ですから、経済の面からアベノミクスというものを分析します。しかし、それがどのように全体的な政治的文脈・背景の中から出て来たかを考えると、やはりポジティブな評価をすることを躊躇われます。それが私の現在の立場です。

――もし「失敗」であるとすれば、今後、日本経済/社会には、どのような行く末が到来すると予測されますか。また、そのことが世界経済に及ぼす影響は?
ルシュヴァリエ
 「失敗」にもいろいろな定義があると思っています。私が「アベノミクスは失敗である」と言った時、どちらかと言うと、マイルドな失敗という意味で使っています。つまり、結果として、経済の停滞がつづくということです。それは決して終わることがない。そしていつまでも停滞しつづける。そのことによって、様々な政治的問題、もしくは社会的問題が発生してくるでしょう。それに対処するツールとしてアベノミクスは、果たしてどれだけ効果的であるか。そうした観点から、アベノミクスは失敗であると、私は現在でも思っています。ただし、あくまでもマイルドな失敗であり、世界経済に対する影響は非常に少ないと考えています。

――前問を前提にしておうかがいします。日本の経済政策は今、後戻りできない地点まで進んでしまっているのでしょうか。崩壊への道を突き進むしかないのか、あるいはまだ引き返せるポイントにいるのか。かりに今一度立ち止まり、政策を変更するとすれば、どのような「処方箋」が考えられるのでしょうか。ルシュヴァリエさんの本の中には、いくつもの提言が記されていると思いますが、今のお考えをお聞かせいただけますか。
ルシュヴァリエ
 私は経済学者ですが、同時に政治経済(ポリティカル・エコノミー)の観点から、この問題について捉えています。本の中でも言及しましたけれども、重要な点は社会保障です。アベノミクスの重大な欠点は、社会保障そして不平等に関する注意が足りないことです。それがもたらす経済的・社会的・政治的な影響に対処する道具となっていない。これが一番の問題だと思っています。そこをどのようにして政策で補完していくのか。もしくは政策転換を図るのか。そのことが今後非常に重要な課題になるのではないかと考えています。不平等の問題、社会保障の問題は、単純な経済の問題ではありません。それは社会・政治の問題でもあります。またそれを解決するにはポリティカル・マジョリティ、つまり政治的な大多数が支持しなければならない。日本を外から見ていると、経済政策を変えるだけではなく、経済政策を補完する政治的政策を作るためのマジョリティがどのように生まれてくるのかが、よく見えてきません。そういう意味で、日本の社会はとても不安定な情況に、私には見えます。現実にある問題と、実際の社会のあいだに、認識のずれがあるのではないか。外から見ていて、そのずれが非常に気になる点です。

――ルシュヴァリエさんの研究は、青木昌彦をはじめ、多くの日本の経済学者の論文を参照しています。そうした日本の先人たち、あるいは同時代の研究者の仕事から学んだことは何か。また逆に日本の研究者に足りない視点、不満な点とは何か。もちろん日本の経済学者と言っても、金子勝から竹中平蔵まで左右様々な研究者がいますが、『日本資本主義の大転換』のまえがきには、次のような一文もあります。「海外での日本経済をめぐる議論のレベルに失望することは多々あるが、しばしば日本国内の議論においても同様である」。
ルシュヴァリエ
 私は、日本人社会科学研究者や経済学者から多くの影響を受け、特に二つの姿勢を高く評価しています。一つ目は、一般的に言って学術的課題が、研究テーマという面でも、またそれに対するアプローチという面でも、米国やヨーロッパとは大きく異なっているという点です。二つ目は、ご指摘のように、彼らの研究は決して一枚岩ではなく、様々な視点や発想を持っているという点です。これらの姿勢を学んだことが、日本・欧州間の社会科学部門分野の学際研究に貢献したいという思い、またパリ拠点の日本人研究者・日本研究者の受け入れ機関としての社会科学高等研究院日仏財団設立(ffj.ehess.fr)につながりました。これは、私にとって非常に重要なことに思えました。なぜなら、日本でも社会科学の研究においてはいくつかの欠陥があると感じていたからです。第一に、(それ自体は悪いことではないのですが)特に経済学の分野における米国の社会科学の浸透によって、均質化と独創性の欠如が進んでいます。第二に、これは第一点目と関連しているのですが、国際的な視点の欠如、および欧州との比較視座の低下があります。日本にはこうした視点が出てくる潜在的な力はあると思うのですが。第三に、批判的な視点の欠如があります(仏語では「ソンス・クリティック(批判感覚)」と呼びます)。

私にとって、本来の社会科学の研究者の役割は、社会通念や政府の公式の立場を代弁するのではなく、それらの基礎にある考え方を理解し、その妥当性に問いを投げかけ、開かれた討論を刺激することだと思っているからです。私は、このような姿勢が、日本の研究者の少数派でしか共有されていないことを懸念しています。同時に、私はこうした批判感覚を失わない研究者たち、たとえば京都大学の新川敏光、照山博司、落合恵美子、そして一橋大学の神林龍との知的対話から刺激を受けています。

優れた日本人研究者が研究に専念できるような環境の構築に貢献すること、新しい時代の大学の基本的な枠組みを作っていくこと(例えば教育負担や大学運営業務が偏らないようにすること)、また海外研究者および国外での研究経験を持つ日本人研究者の雇用促進を通じて、多様な研究職雇用のありかたを創造することが重要だと感じています。

――最後に、第一時安倍政権から、民主党政権を経て、第二次(第三次)安倍政権以降、この間、日本社会について研究されながら、また日本社会の現状/変化を実際に目にされながら、肌で感じた変化は何かありますか。特に今回来日されての印象をお聞かせください。
ルシュヴァリエ
 本書でも触れているように、私は一九九〇年代後半に初めて来日しました。ある程度の連続性(例えば安全、清浄さ、移動の簡易さ、東京の中心部の豊かさ、デフレの文脈における多くのアイテムの価格の安定性など)はありますが、この間に日本社会に起こった大きな変容には驚きを隠せません。例えば国際化(観光客や、より一般的に外国人を見るようになったことなど)、日本の将来や自分の将来に対する悲観的な見方の増加、(東京の郊外などで見られる)一部の市民の急激な貧困化、日本への旅行がますます容易になったこと(例えばインターネットへのアクセスや海外のクレジットカードで現金を引き出すことができるようになったことなど)。二〇一二年の終わりに安倍氏が首相となって以来、上記の変容に加え、さらにいくつかの大きな傾向があります。まず、第一に、社会の中、特にビジネス界において、若干の楽観主義の復活の兆しを見せているように思われます。他方、私は政治的介入によるメディアや表現の自由を規制する傾向を危惧しています。昨年の、社会科学と人文科学に対する統制は、この傾向が著明に見られた一例だと思います。最後に、東アジアにおけるナショナリズムの高揚を指摘したいと思います。最近、中国や韓国を訪問する機会があり、ナショナリズムという面においては、日本の状況はこれら二国と比べて劣ると考えることもできるのですが……。豊かな「比較」のまなざしが育まれるよう願っています。


※インタビューにあたっては、䑓丸謙(社会科学高等研究院 日仏財団プロジェクト・マネージャー)に通訳を担当していただいた (編集部)
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