哲学の骨、詩の肉 書評|野村 喜和夫(思潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
読書人よ、集まれ!
▶メールマガジン登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは

読書人紙面掲載 書評
2017年8月21日

自らの詩業を回顧しつつ詩と哲学が接近した時代を検証

哲学の骨、詩の肉
著 者:野村 喜和夫
出版社:思潮社
このエントリーをはてなブックマークに追加
本書には、好感を持った。書評に「好感」という言葉は無責任のようだが、現代詩の世界で旺盛な活動を続ける著者が、「生半可な哲学マニア」と謙遜しながらも満腔の情熱をこめて哲学を学んできた経歴を詩人としての歩みを絡めて総括しようとした本書の読後感は、いたってサッパリとしたものである。書名に骨や肉とあっても惑わされてはいけない。副題をつけるなら「詩と哲学のあいだ」となろうと著者自身もいうように、そのテーマで綴られたエッセイである。語りくちはなんのケレン味もなく、率直きわまりない。だから「好感を持った」のだろう。

一九五一年生れの著者が、最初に出遭った哲学書がメルロ=ポンティの『知覚の現象学』であり、身体という概念に強い啓示を受けた、というのも七〇年代の感受性には得心のゆくものだ。最初の章は、「ハイデガー/シャール/ツェラン」と題されて、そこでは「思索に詩作をもっとも引き寄せた」哲学者ハイデガーと、著者が深く親しんだという二十世紀を代表するふたりの詩人ルネ・シャール、パウル・ツェランとの密接な関係が説かれている。それぞれの世界を著者自身が読み解いたものとして、いわば借り着ではない言葉で語られるため説得力がある。続いて、若いころの著者が仏文学徒として専門的な研究に挑戦したというランボーが採りあげられる。例の「私とは一個の他者です」が問題になるが、ここには確かに詩と哲学に共通する重要課題が提示されていよう。

さらに「ニーチェを読む朔太郎」と「西脇詩学、井筒哲学」の章が続く。著者は『萩原朔太郎』という単著も持つが、詩人哲学者ニーチェを、近代詩人のなかで最大の哲学マニアだった朔太郎がどう読んだかを考察するのは、本書では当然のテーマとなるだろう。またすでに安藤礼二や若松英輔が論及するものの、井筒俊彦の言語哲学の出発点に西脇順三郎の詩や詩学が影響したという事実は興味深い。本書はそこに眼をつけて、西脇の『壌歌』と井筒の『意識と本質』の比較考察を試みた。そして第8章は、「日本現代詩とポストモダンの思想」である。七〇年代から八〇年代にかけて、この国ではフーコー、デリダ、ドゥルーズ、ロラン・バルトといったフランス現代思想家たちが一世を風靡した。当時の現代詩の世界でも、前線に位置する詩人たちはこぞって、そうした現代思想のなかに自分たちの詩的感受性につながるものを見出したのである。著者は自らの詩業を回顧しながら、いわば詩と哲学が急接近したともいえる当時を検証するわけだ。

さて、以上のようにごく粗略にだが、本書の概要を紹介していっても、時々要所に顔を出すイタリアの思想家ジョルジョ・アガンベンも含めて、書評者の読書歴と重なるところが多いので、すらすらと受容が可能なのだろう。その点は改めて、評価したい。ただし以下の二点に、疑問を抱く節が残った。一つは第8章のなかで、どうして平出隆と稲川方人の名前が挙がらないのか、という点である。ポストモダンの思想を語るキーワードに「エクリチュール」があったのは周知の通りだ。当時の詩の世界で、最も先端的なエクリチュール意識を抱えて実践したのは、彼らだった。詩誌に「書紀」と命名したのも「書くこと」の方法化の表明に他なるまい。荒川洋治の詩を引きながら、平出と稲川に触れないのはどうしてだろうか。

もう一つは、終章で主題となる隠喩の扱いかたである。著者は、詩と哲学を結びつける最大の繋ぎ目は隠喩ではないか、とのテーゼでコーダを奏でようとする。もちろんジャック・デリダによる隠喩批判の論稿「白い神話――哲学テクストのなかの隠喩」も俎上に載せられる。さらには詩作の現場において、「私自身、隠喩から換喩へという時代の空気を生きながら(略)戦後詩的な隠喩の詩法に対してその一定の限界を指摘」した、とも述べている。しかし、やはり隠喩に戻って、二〇一一年のノーベル文学書受賞の詩人トランストロンメルの隠喩表現に最大限の讃辞を贈るのである。そこに疑問がある。デリダの隠喩批判は、久米博の『隠喩論』を引くことで簡単に留保していいものだろうか。また阿部嘉昭の『換喩詩学』(二〇一四年)には、一種の現場報告にすぎぬと判断したのか論及はない。さらにこれは我が田に水を引くことになり恐縮至極だが、拙著『裸形の言ノ葉――吉増剛造を読む』(二〇〇七年)では気合を入れて隠喩批判を展開したことがあるので、ここはおいそれと譲れないのである。この二点の疑問に著者はなんと答えるだろうか、それはいずれ聴いてみたい。
この記事の中でご紹介した本
哲学の骨、詩の肉/思潮社
哲学の骨、詩の肉
著 者:野村 喜和夫
出版社:思潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
2017年8月18日 新聞掲載(第3203号)
このエントリーをはてなブックマークに追加
林 浩平 氏の関連記事
野村 喜和夫 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > 関連記事
詩の関連記事をもっと見る >